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小泉政権初期に外務省めぐる『鈴木宗男事件』で連座された
ノンキャリア外務官僚のハードボイルド・ノンフィクション。
佐藤氏は、国策捜査によって「背任」と「偽計業務妨害」容疑で起訴された。
佐藤優氏は、北方領土返還という『国益』を追求したが
小泉政権誕生による政治的な地殻変動により、
鈴木氏が経世会の後ろ盾を失い、パージされたと主張している。
この辺の自己分析は説得力があるので私としては事実だと思った。お気の毒である。
前半は、ロシアといういいかげんな国家を相手としての
外交官の情報取得や分析の手法というものが開陳されていて、
そのほとんどがウォッカの一気飲みやサウナでの懇談など
属人的な泥臭い業務であることが、不謹慎であるが笑えた。
後半は、拘置所の佐藤氏と西村検事との国策捜査をめぐる鬼気迫る攻防が
心理的な駆け引きを通して生々しく面白く描かれている。読み応えあり。
佐藤氏が「偽計業務妨害」で関係を持った三井物産の対露情報の手法を
満鉄調査部の伝統を継承していると指摘しているが、
佐藤氏自身が関東軍作戦課の中堅参謀みたいな人物ではないかと私は思う。
満州事変以後、大本営の課長クラスの参謀が現場で暴走し始めたのと
同じような焦燥に満ちた独善主義を佐藤氏の言動に感じた。
ノモンハンを例としてあげるまでもなく、ロシアを相手にすると何でこんなに
日本人は熱くなるのだろう。暑苦しいまでに。
彼が、暴走どころか、ほんの勇み足で国策捜査の餌食になったのは
穿った見方だが、喜ぶべきかもしれない、なんて思ったりするのである。
あるいは瀬島龍三ばりにロシアの官憲に捕まって
シベリアの強制収容所に入っていれば
帰国後商社に入って、表舞台への復権のチャンスもあったかもしれない。
まあ、ポロニウムで暗殺だけは避けたいところだろうが。
彼の唱える北方領土返還という「国益」が、ほとんど信仰の域に達していて、
ほとんどわけのわからない情熱まで高められていることに失礼だがやや胡散臭さを感じた。
個人的な動機が希薄である。彼の身を捨てるまでのロマンにあまり必然性を感じない。
彼の思想的な背景というものが今ひとつわからない。
反ソ反共と訴えながらも、佐藤氏のたたずまいは明らかに極左的であるのが不思議だ。
ロシアの二重スパイとまでは本人の名誉のためにも思わないが、
ミイラ取りがミイラになったというようなロシアへの過剰な感情移入を感じる。
だいたい、佐藤氏のやっていたような地道な情報活動が積み重ねれば
北方領土が還ってくるのだろうか? ここが結構疑問である。
いくらロシアの政治の内在的ロジックに通暁して、作戦を立てても
戦争とかよっぽど大きな政治的変動がなければ北方領土は還ってこない気がする。
時を稼いで、じっとタイミングを計る忍耐も外交官の資質には求められるのだろう。
日本の政治状況の分析としては勉強になる本である。
情報をわかりやすく分析できる人である。まさに論壇を席巻する作家だと思う。
だが、その才気走った明晰さと性急さが、
読後の余韻を奪うところがあり、落胆をおぼえもする。
中村光夫が小林秀雄と福田恒存との鼎談で以下のように述べている。
『ロシア語を勉強した人は、何か日本の社会で出世しないものがある。
日本の社会に合わなくなる、何か妙なものができるらしい。(中略)
没入して、何かロシアにやられちゃうようになるんじゃないか。』
二葉亭四迷以来のロシア通への呪われた宿命である。恐らくそれと佐藤優氏も無縁でない。
ロシアおそろしや。
追記
この記事書いたのは7年前ですが、今となっては、
やはり、日本というのはアメリカのアライアンスなので
ロシアよりの人は、干されるみたいだというのがわかりました。
私はロシア文学部出身なので、
大学卒業して辛酸を嘗めた何十年がありました。
でも、これからはロシア、中国が世界の中心になると思いますよ。
アメリカの覇権は、2020年までに崩壊すると思います。
小林秀雄などの仏文の系譜が日本文化を良質的な部分を
担っていたというのは、
ある意味、消極的な反米思想だったのだと思います。
それがよかったのかどうかまだ、わからないですが・・・。
国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
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