信州読書会 書評と備忘録

世界文学・純文学・ノンフィクションの書評と映画の感想です。長野市では毎週土曜日に読書会を行っています。 スカイプで読書会を行っています。詳しくはこちら → 『信州読書会』 
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カテゴリー:ギリシア古典

2013年07月25日

縛られたプロメーテウス アイスキュロス 岩波文庫

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★あらすじ
天界から火を盗み出して人間に与えた
プロメーテウスはゼウスの怒りをかい、
岩山に縛りつけられる。


ゼウスに恋情うけたために牝牛に変身させられたイーオーがたまたま通りかかって、
プロメーテウスを岩に縛りつけられているのを発見し、
彼女の末裔こそが、ゼウスの王位を奪うと予言を与えられる。


プロメーテウスはその予言のために
さらにゼウスの逆鱗に触れ、岩山とともに冥界に沈む。


知性と勇気を兼ね備えたプロメーテウスの反逆の物語。


愚かな人類を救うべく、岩山に縛りつけられる恥辱に甘んずる
プロメーテウスだが、権力に徹底的に反抗し、口達者で、皮肉屋で
マッチョな立川談志みたいなキャラクター。好感が持てる。


悲劇のヒロイン、イーオーは醜い牝牛の姿で、うだうだ悩みつづける。


ゼウスのガキの使い、ヘルメスはチンピラばりにプロメーテウスを脅迫する。


プロメーテウスの叔父にあたるオーケアノスは、彼を諭すが、
叔父に塁が及ぶのを懼れてプロメーテウスは彼を追い返す。


オーケアノスの娘、コロスはなかなかコケットリーで
プロメーテウスに同情して、話しをききたい一心で
付きまとったゆえに一緒に彼と冥界に沈む。


登場人物の性格がしっかりしていて、楽しい。
ギリシア悲劇侮るべからずと、心に刻んだ作品。短いしお薦め。


縛られたプロメーテウス (岩波文庫 赤104-3)



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posted by 信州読書会 宮澤 at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

蛙 アリストファネス 筑摩世界文学大系4


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筑摩世界文学大系〈4〉ギリシア・ローマ劇集 (1972年)



★あらすじ
ヘラクレスを騙って旅するディオニュソスとその召使クサンティウスの珍道中の劇。
ふたりは無銭飲食してアイアコスにつかまり鞭打たれるが、屁の河童。
途中、蛙のコロスが出てきて
「ゲゲゲゲゲッゴ、グヮアッコ、グヮアッコ」と鳴く。


やがて冥界へとくだると
そこへ、悲劇の一等の座をめぐって争って喧嘩しながら
アイスキュロスとエウリピデスが登場。


地獄の神プルートンの前で、ディオニュソスは
アイスキュロスとエウリピデスのレフェリーを買って出て、口喧嘩を裁く。


エウリピデスはアイスキュロスを
「プロメテウスみたいな野蛮人をうれしそうに描く大法螺吹き!」と罵る。


アイスキュロスはエウリピデスを
「たんぼの女神の息子。不倫の恋の輸入者で市民を毒した」と罵る。
(クリュタイメストラとアイギストスの不倫を描いた自分のことは棚に上げて…)
やがて、ふたりはお互いの作品のプロロゴス(第一幕)を罵りあう。


エウリピデスはアイスキュロスの『コエーポロイ』の
各行に二十ずつ欠点があると罵る。



アイスキュロスはエウリピデスのプロロゴスの浮薄さを
「油壷をなくした!」というギャグを6回くりだして揶揄する。
その上、エウリピデスの作品を散々引用して茶化した詩を披露する。


勝負は判定に持ち込まれディオニュソスはお互いの詩句を秤にかけて競わせる。
アイスキュロスが勝ち、彼はディオニュソス観客の待つ現実の世界へと連れ戻される。
アイスキュロスは、地獄での悲劇の一等の座は
ソフォクレスに譲るようにと捨て台詞を吐く。終り。




★感想
ひどい作品です。シュールでかなり笑えます。
全編ギリシア悲劇のパロディーで成り立っています。



解説によるとアリストファネスはイギリスでかなり評価が高いそうです。
研究書や翻訳も沢山出ているそうで。
私は読みながらベケットの作品を思い出しました。


『ゴドーを待ちながら 』『勝負の終わり 』は
明らかにアリストファネスの影響を受けて作られていると思います。
アリストファネスを尊重するイギリスの土壌がベケットを生んだと思います。
そういえば今年はベケット生誕100年でした。


面白いんですけど、悲しい気持ちになります。
大切な物をけがされたみたいな。


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posted by 信州読書会 宮澤 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペルサイ アイスキュロス ギリシア悲劇全集2所収 岩波書店

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★あらすじ
ペルシアの王、クセルクセースによるギリシア大遠征
サラミース海戦における歴史的な大敗を描いた悲劇。


ギリシアの3倍の大艦隊を率いながら、
情報作戦の罠にはめられてペルシアの大艦隊は壊滅。名うての将校はすべて討死。
陸路で敗走するペルシアの兵士も、吹雪に見舞われ全滅するが、
クセルクルースだけは、幸運にも帰国する。



★感想
ペルシアの長老からなるコロスが冒頭
出撃する数々の大将の名を武勲とともにながなが歌い上げる。
敗戦を伝える使者が、彼らの討ち死にの様を、同じ長さで報告し、
またもや、コロスが誉れ高き死者の名を哀悼ともに次々と歌い上げる。


この2回の転調したリフレインの壮大さが悲痛であり圧巻である。



クセルクセースのボンクラぶりは悲壮を越えて失笑もの。
息子を心配するあまり、思わず墓場から甦ってしまう
親父で先代のダーレイオスにも失笑を禁じえない。



この親父も、生存中、マラトーンの戦いを指揮して敗北しており、
(指揮官としてはまるでダメだが、人望が厚いのだけが取り柄)
親子ともども戦争に弱いという救われない家系である。



創業者の親父(商売は堅実だが資金繰りが下手)の遺言を無視して
本業以外に手を出して(たぶん証券取引とか)シャレにならない大損を計上。
支店を次々閉鎖し、支店の従業員をやむをえずリストラした上に
なお、会社を倒産寸前の危機に陥れる二代目バカ息子みたいな話である。
無論彼は責任をとらない。腹を切るわけでもなく古参の役員と涙に暮れるだけ。
こんな、放蕩息子をやさしく迎い入れる母アトッサは、ひとしお哀れである。


このボンクラなペルシア人親子の顛末を大まじめに悲劇に仕立て上げたところに
ギリシア人、アイスキュロスの並々ならぬ皮肉のセンスを感じとることができる。


アイスキュロス II ギリシア悲劇全集(2)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月15日

アンドロマケー エウリピデス ギリシア悲劇全集8所収 岩波書店


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★あらすじ
トロイ戦争で奴隷となってギリシアにやってきたアンドロマケーは、
ネオプトレモスとの間に息子のモロッソスをもうける。



一方、ネオプトレモスの正妻ヘルミオネーは子供ができない。
側室奴隷アンドロマケーに嫉妬する、正妻ヘルミオネーは、
父親のメネラーオスと謀ってアンドロマケーとモロッソスを殺そうとするが、
ネオプトレモスの祖父ペーレウスに邪魔されて失敗する。



結婚生活に疲れ果てたヘルミオネーは、自殺未遂を犯すが、
そこへ、従兄弟のオレステースがやってきて、
実は、ヘルミオネーと結婚したかったと愛を打ち明けられ、女として慰められる。



よって、ヘルミオネーとオレステースは、駆け落ちする。
一方、旅先でネオプトレモスは何ものかによって暗殺される。
(おそらく、オレステースに暗殺されたと思われる。)


孫のネオプトレモスの死を知らされたペーレウスは、逆縁を嘆く。


そこへ、ペーレウスの妻で、海の女神であるテティスが登場し、
ペーレウスを不死の神として、慰め、アンドロマケーとモロッソスを他国へ亡命させる。


★感想
個人的にアンドロマケーが、ギリシア悲劇で一番好みの女性。
夫と子供を殺され、祖国を焼かれ、奴隷となったアンドロマケーの
悲劇のヒロインっぷりには、惹きつけられるものがある。





機械仕掛けの神が、オチである。エウリピデスのいつものやりくち。
主人公のアンドロマケーが、後半ほとんど出てこない。


ラシーヌの『アンドロマック』のほうが主役として実力があった。
アンドロマケーという題名だが、ペーレウスが主人公のように思える。



ペーレウスとメネラーオスのジジイ同士の口喧嘩が強烈だった。
特にメラネーオスに対するペーレウスの毒舌が圧巻。


妻ヘレネーをパリスに寝取られたことを笑い、
イーピゲネイアの生贄を進言したことを責め、
トロイ戦争での武勲をインチキだと罵る。
立て板に水の罵倒芸。毒舌家のご隠居。


ペーレウスは高齢で、手もプルプルとふるえているのだが、昔の武勲を忘れていない。
啖呵を切りながら、卒倒寸前まで激昂するのである。命がけの口喧嘩。


そんなペーレウスが、最後に神になる。
お年寄りへの慈愛に満ちた悲劇である。

エウリピデスがさまざまな因果をめぐらせて苦しげに劇を作っている。
木に竹を接いだような印象。前半と後半の支離滅裂が痛々しい。


後半、オレステースが出てくるが、悪役である。
オレステースを悪役にしなければならないほど、苦しいのである。

エウリーピデース IV ギリシア悲劇全集(8)




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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:39| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

慈みの女神たち アイスキュロス ギリシア悲劇〈1〉ちくま文庫所収


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★あらすじ

アイギストスと不倫し、夫であるアガメムノーンを暗殺したクリュタイメストラは、
息子であるオレステスにアイギストスと共に仇討ちされ殺される。




実母殺しから狂気に陥り、復讐の女神エリニュスに追われたオレステスは、
アレスの丘の法廷で、アテナを裁判長とした裁判を受ける。


12人の市民の評決は半分に割れるが、アテナが無罪に評を投じたため
コロスを形成する復讐の女神たちの訴えは退けられ、オレステスは免罪される。



復讐の女神たちは、裁判の結果に納得いかず、ヒステリーで怒り狂うが、
アテナが彼女たちの位を保証したため、慈みの女神となって落ち着く。


★感想
『アガメムノーン』『コエーポロイ』に続くオレステス三部作の最終章である。


アポロンから授かった神託の内容は「父の仇を討て」であったが、
オレステスは拡大解釈して「母を殺せ」と認識する。


「母を殺し」はやりすぎじゃないかという復讐の女神たちが原告となった
アポロン神託に対する解釈をめぐっての民事裁判の経過を描いた悲劇。


争点は、仇討ちであれば尊属殺人(母殺し)は許されるのかというヘビーなものである。



証人として出廷したアポロンは、仇討ちの正義の重要性を訴えオレステスを擁護する。
さらに、そもそも子供は父のものであって、母は子供を世話するだけの存在だと主張。
現代では、こんな失言したら厚生労働大臣も辞任どころか、議員辞職まで追いつめられるような主張である。


それに対して、復讐の女神たちは、ゴウゴウと非難を浴びせる。


人間の見張りを勤めている復讐の女神たちの見解は、
尊属殺人が許されるなら、自分達の存在価値が否定されたも同然だ、とご立腹。


しかし、女神アテナは
「よろずにつけて私は男性の味方です、まあ、結婚相手はごめんだけれども。」(笑)
とのたまって、オレステスは無罪を宣言。完全な出来レースである。





こんな茶番が法廷で許されるのか!! 女性が軽んじられるなら
国中のあらゆる人間、動物、植物を不妊症にする!! と復讐の女神たちは、わめいて暴れる。


そこで、アテナがしかるべき地位を復讐の女神たちに提示すると、
彼女たちは、現金なことに、てのひらをかえたかのように喜びだす。



というわけで、オレステス三部作は、最後の最後でハッピーエンドである。
「慈みの女神たち」は、半ば喜劇の領域に踏み込んでいる。
復讐の女神たちが、懐柔され、利権の恩恵に与かった人権団体にしか見えない。


古代ギリシア女性の社会的身分の低さが反映された作品である。
まあ、現在の人権意識に照らし合わせて糾弾してもたいして意味はあるまい。



それよりも法廷劇を悲劇にしようとしたことに苦しさを感じる。そもそも悲劇じゃないし。
オレステス三部作にはいっているからまだいいが、
単独の悲劇として評価すれば、アイスキュロスの中では最も駄作ではないか?



ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)



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posted by 信州読書会 宮澤 at 12:39| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メーデイア エウリーピデース ギリシア悲劇全集5所収


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★あらすじ
イアーソーンに嫁ぎ片田舎からコリントスにやって来たメディアは
若返りの術を知り魔術の心得のある勝ち気な女性である。
イアーソーンとのあいだにふたりの男児をもうける。


イアーソーンは王家の縁故ほしさに色気を出してメーデイアを捨て
コリントスの王クレーオンの娘クラウケーと結婚する。
クレーオンは気性の激しいメーデイアの復讐を恐れ、彼女を追放しようとする。
メーデイアは子供たちのみのうえを思案するため、一日猶予をもらう。



突然の離婚と追放という悲劇に見舞われたメーデイアは
元夫を詰問し、翻意を促すが屁理屈で応酬され拒絶される。



怒り狂い復讐を決意したメーデイアは、
子宝に恵まれず、諸国を相談してまわるアテーナイの王アイゲウスに接触し、
復讐の意を打ち明け、実行後の自身の身柄を匿ってくれるよう懇願する。


お人よしのアイゲウスは、メーデイアの気迫に圧倒されて了承した上、
神々にメーデイアの安否まで誓わされる。



ふたりの子供にフッ化水素のような猛毒を塗りつけた薄絹の長衣と黄金の冠をもたせ、
ご祝儀としてクラウケーに渡し、その父クレーオンもろとも毒殺するという復讐計画を立てる。
イアーソーンを離婚を認めたと殊勝な嘘をついて騙し、
我が子を使ってクラウケーにご祝儀を届けさせる。


かくしてクラウケーとクレーオンは猛毒によって火達磨になって死ぬ。
メーデイアは暗殺実行犯となった我が子を案じて自らの手で始末する。



暗殺を知ったイアーソーンはメーデイアのもとを訪れ、
神々によって守られた彼女は竜車に乗って登場。
再び責任のなすりつけあいの夫婦喧嘩するが、元夫の死を予言して竜車で空の彼方に去る。



★感想
心の葛藤から連続殺人を犯すにいたった女を描いた悲劇。全編血に飢えている。
女の連続殺人犯=感情の起伏が激しいという紋切型を端的なぞってくれており
週刊誌やワイドショーに掻きたてられる類の下世話な好奇心を大いに刺激してくれる。
エウリピデスが近現代の作家の想像力を刺激するところは、こういうところに由来する。



「私ってバカな女」とか「女は弱いもの」とか「女は泣くように生まれついているの」とか
元夫イアーソーンに、あまりに見え透いたセリフ吐いて演技する場面は出色である。
その実、腹の中では、恐るべき復讐を計画し、さらに実行するのである。恐ろしいもんだ。


感情の起伏が激しいだけでなく、それを自在に操るのだから女性である。始末に終えない。



オレステースは実母殺しの罪で復讐の女神エリーニュスによって神々の法廷にひっぱられたが、
子殺しのメーデイアは、なんと自ら復讐の女神になって法廷にかけられずに飛んでってしまう。
おいおいアイゲウスと再婚しちゃうの? と突っ込みを入れたのは私だけではあるまい。



読者としてはメーデイアが神々の法廷で裁かれる続編がみたいところである。
でもそこを描かないエイリピデスは社会的良心の欠如している。どうかと思う。やや軽蔑。


訳者解説で、三島由紀夫の生前最後の短編集『殉教 』所収の『獅子』という短編は
『メーデイア』を現代風にアレンジした物だということを知った。



未読なので本棚から引っ張りだしてみると、確かに
《エウリピデスの悲劇『メーデイア』に拠る》と副題が添えられている。
早速読み始めているところである。楽しみだ。こういう楽しみは読書家の一番の愉しみ。


ちなみにコルネイユも『メーデイア』を翻案して『メデ』を創作したそうだ。


エウリーピデース I ギリシア悲劇全集(5)


殉教 (新潮文庫)

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ラベル:エウリピデス
posted by 信州読書会 宮澤 at 12:00| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

雲 アリストパネース 岩波文庫


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★あらすじ
息子のペイディッピデースが競技馬の道楽で散財し
多額の借金を負ったストレプシアデースという田舎紳士がいた。


彼は借金を帳消しにすべく、息子にソフィストになるように説得するがはたせず、
仕方ないので自分がソフィストになるために
ソクラテスの道場の門を叩き弟子として入門し、個人授業を受ける。


しかし、箸にも棒にもかからぬほど飲み込みが悪く、一向に弁論術が上達しないので
業を煮やしたソクラテスは息子のペイディッピデースを呼ぶように命令する。



呼び出した息子も父親に劣らず頭が足りないのでソクラテスは呆れるが、
雲の女神の恩寵によって雄弁家となるべくソクラテスの道場へ入門を許される。
やる気のないソクラテスは、「正論」と「邪論」から直接教えを乞うように告げて退場。
すると、ペイディッピデースの前で「正論」と「邪論」はケンカを始め、「正論」が負ける。


かくして、「邪論」から学んだペイディッピデースは、覚醒して雄弁家となる。
息子の突然の変貌に勇気付けられた父ストレプシアデースは勢いづいて
家に押しかけてきた借金取りを罵倒して追いかえし、
息子の雄弁によって借金取りとの裁判に勝つことを固く信じて宴会を催す。


その宴会で、アイスキュロスとエウリピデスの評価をめぐって親子ゲンカとなる。
「邪論」に影響された息子はアイスキュロスよりエウリピデスのほうが偉大だと屁理屈をこね、
反論する親父を容赦なくこぶしで叩きのめす。殴られた父親は当然、困惑する。



結果、息子に「邪論」を教えたソクラテスを恨んで父ストレプシアデースは
ソクラテスの道場の屋根に登って持ってきた松明で放火する。



「こいつは情けない。息が詰まる」とソクラテスが嘆息して、幕。


★感想
訳者、高津繁春先生の恐るべき「まえがき」がついている。



>>
(アリストファネスの作品は)古代アレクサンドレリア学派の蟻のごとき勤勉と
19世紀ドイツ文献学派の顕微鏡的研究をもってしてもなお不明の個所に満ちている。

<<


とのこと。




さらに、「『雲』はもっとも難解な奇書であって、あえて翻訳したのは
とにかく世に問うで露払いの役を務めたいと思った」という内容のことを述べている。


この悲壮な「まえがき」を笑うべきか、厳粛に受けとめるべきか、読者として迷うところである。


とにかく、難解な喜劇。
喜劇にして難解という矛盾に、作者の過剰な意志を感じる。


全編ソクラテスへの揶揄と皮肉で満ち満ちている。


とにかくおびただしい注を参照にしながら読んでようやく理解できかどうかの代物。
笑えるというよりは、注を読んでから笑うべき場所を確認するという面倒な作業を強いる。



アリストファネスの難解な皮肉や当てこすりや引用のおかげで
この喜劇「雲」は競技によって最下位の第三等に当てられたそうで、
その腹癒せに改稿して後世に読まれる戯曲として残ったという異端の作品である。



アリストファネスは、喜劇『蜂』において
時の将軍クレオーンを揶揄しすぎて中央広場で、
みんなからこづきまわされたそうである。
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。


右翼を揶揄して影山正治大東塾長にポコポコなぐられた花田清輝の話を私は思い出した。


それにも懲りずに『雲』でもクレーオンへのあてこすりをやめていない。
そういう意味では根性が座った反逆の喜劇作家である。
エウリピデスよりも尊敬に値する作家魂を感じました。お薦めです。

雲 (岩波文庫)

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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:53| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヒッポリュトス エウリーピデース 岩波文庫



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ヒッポリュトス―パイドラーの恋 (1959年) (岩波文庫)

エウリーピデース, 松平 千秋訳 ヒッポリュトス―パイドラーの恋


★あらすじ
トロイゼーンの王宮の前の広場にはふたつの祭壇があった。
ひとつにはアプロディーテ、もうひとつにはアルテミスが奉られていた。


アテーナイの王、テーセウスの前妻の息子ヒッポリュトスは
女神アルテミスをえこひいきしてお参りしたために、女神アプロディーテの恨みを買う。
アルテミスに嫉妬したアプロディーテは
ヒッポリュトスの継母パイドラーが彼を愛するように洗脳する。


パイドラーは義理の息子への不義の愛に苦しみ自殺する。


パイドラーは冷酷で異常なまでに潔癖なヒッポリュトスを憎悪し、
腹いせに夫のテーセウスに息子と不義の関係を結んだという偽りの遺書を残す。


それを読んだテーセウスは激怒して呪いをかけて息子を追放する。
故国を追われたヒッポリュトスは、海岸で巨大な牡牛に襲われ、
落馬して瀕死の重傷を負い、危篤の状態でトロイゼーンへ運ばれる。
テーセウスはそれを見ていい気味だと悦に入るが、
そこへ女神アルテミスが現われて、パイドラーの遺書が嘘だったことを彼に告げる。
父の疑惑がようやく晴れたヒッポリュトスは、そのかいもなく絶命する。



★感想
安易な手だれとして名高いエウリピデスが、またもや「機械仕掛けの神」で落ちをつけた。
訳者の松平千秋氏ならずとも、エウリピデスによる「機械仕掛けの神」の乱用は諌めたくなるところである。



しかし、なぜ私がかくもエウリピデスに偉そうに拳を上げるのかよくわからなくなってきた。
よく考えると分不相応である。お前は何様のつもりかという自省がないでもない。
生理的に嫌いなんだと思う。でも今後も、折をみて彼の悲劇を紐解きたいとは思う。不思議なことだ。


ラシーヌが『ヒッポリュトス』を翻案して『フェードル 』という悲劇を物している。
両作品の比較については三島由紀夫による委細尽くしたすばらしい一文があるので
ご興味のある方は三島由紀夫の『小説家の休暇 』をご覧いただきたい。
三島の小説が苦手な人にも彼のたぐいまれな見巧者っぷりは舌を巻くと思う。


なお、三島由紀夫は『フェードル』を最も感動した戯曲として揚言している。
あまりの愛着から『フェードル』を歌舞伎の台本に翻案して
『芙蓉露大内実記』を創作したそうである。あらためて三島の非凡さを感じさせる逸話である。
なんかぎこちない悲劇でいまいち腑に落ちないが、筋は面白い作品。それだけ。


ヒッポリュトス―パイドラーの恋 (1959年) (岩波文庫)


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ラベル:エウリピデス
posted by 信州読書会 宮澤 at 11:48| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヒケティデス アイスキュロス ギリシア悲劇全集2 岩波書店


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★あらすじ
『ヒケティデス』とは『嘆願する女たち』という意味である。


『縛られたプロメーテウス』に端役で登場した牝牛のイーオーの末裔
ダナオスが、兄弟アイギュプトスとのすったもんだの挙句、
娘50人を従えて、船でエジプトにある故国を飛び出す。


祖先イーオーが住んでいたアルゴスに亡命するため、強引に押しかける。



アルゴスの王、ペラスゴスは、押しかけてきたダナオスと50人の娘たちの処遇に困る。
受け入れてしまうと、追っ手を差し向けるアイギュプトスの治めるエジプトと戦争になる。
断ると、嘆願者の守り神ゼウスの怒りに触れ何されるかわからない。


その上、厄介なことに、亡命を受け入れられなかったら集団自殺するとダナオスの娘らは訴える。
困ったので、アルゴス市民に亡命者の処遇を諮ると
全会一致で受け入れが支持される。



アイギュプトスの伝令使がやってきて娘たちを力ずくで連れ去ろうとする。
それを、ペラスゴスが断固たる態度で追っ払って戦争勃発の危機を迎えながらも
万事ゼウス頼みのダイオスの娘たちによる能天気な喜びの歌で終劇。



★感想
アイスキュロスの『ダイナデス』三部作で唯一残っている作品。
ダイオスの娘たちがコロスを形成し合唱しまくり、嘆願しまくる。


解説によるとその後、アイギュプトス率いるエジプトとアルゴスは戦争になり、
ペラスゴスは敢え無く戦死。ダイオスがアルゴス王となり和睦。
ダイオスの娘50人とアイギュプトスの息子50人が集団結婚するが
ダイオスの計画により初夜の褥で50人の嫁によって50人の婿への暗殺を決行される。
なぜか、50組のうち1組だけ夫婦が成立する。


身勝手な親戚に集団で押しかけられたアルゴス王ペラスゴスの悲劇と読んだ。迷惑な話だ。
彼の死後、ちゃっかりアルゴスの王座に収まるダイオスは、どうしようもない。


嘆願、陳情する側の意図せざるバイオレンスをそこはかとなく教えてくれる作品。
集団自殺をほのめかしながらの嘆願は強烈なインパクトである。



アイスキュロスの悲歌は、あいかわらず絶唱の響きがあって
嘆願する女たちを恍惚の境まで導いてしまうので悪質といえる。


アイスキュロス II ギリシア悲劇全集(2)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:39| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トロイアの女 エウリピデス 筑摩世界文学大系4


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筑摩世界文学大系〈4〉ギリシア・ローマ劇集 (1972年)

★あらすじ
アガメムノーンによって落城されたトロイでは、
勝利に酔うギリシア勢によって男は皆殺しにされる。
女は奴隷や夜伽の相手として、戦利品とともに
各地に分配され連れてゆかれる運命にあった。
トロイの女たちはあばら家に隔離され、
誰の元へ連れてゆかれるか告げられるのを待っている。



生き残ったへカベ(プリアモスの王妃)はオデュッセウスの奴隷となる。
カサンドラは、アガメムノーンの夜伽役となる。
ポリュセクネはアキレウスの墓前で殉死。
アンドロマケ(へクトールの妃)はオデュッセウス夜伽役となる。


トロイ戦争の発端となった浮気を犯したヘレネは
メラネオスの手にもどりギリシアに連れ戻される。
しかし、ギリシアの女たちに女の操の守らぬとどうなるか教えるため
見せしめに処刑してやるとメラネオスに通告される。



悪女ヘレネは神々の名のもとに浮気を不慮の事故と言い訳するが、
へカベが、その言い訳をことごとく論駁し、ヘレネは初めから浮気性の快楽主義者で
操を守る気など毛頭なかったとメラネオスに訴える。


祖国が滅んでもなお、ヘカベによる嫁いびりが展開され、姑の執念をみせる。
一方、オデュッセウスは、ヘクトールとアンドロマケの一粒胤である
アステュアクナスをトロイの城壁から突き落として殺すよう命じ、実行される。


へカベは逆縁を嘆きながら、孫の骸を自らの手で埋葬する。
彼女の目の前で今や廃墟となったトロイの城に火がつけられ、焼け落ちる。



★感想
修辞は巧みにして心はないと定評のエウリピデスの作品。
捕虜となり身請け人のくじびき結果を待つトロイの女たちがコロスを形成する。


祖国の滅亡を嘆くよりも、どこで奴隷になるかを思案しはじめてしまう
コロスの女たちのたくましさがなんだかとってもリアリステック。
(ここまでを描いてしまう悲劇作家エウリピデスの臆面のなさにやや鼻白まないでもないが…)



亡国の焼け跡で、すでに戦後を生きはじめる女性のリアリズムが、
この悲劇の主調低音をなすように私には思えた。


「幸薄きものの雅は、調べなき悲運の嘆きのみ」と
悲嘆にくれながらも気品を失わないヘカベが、運命の迫害により
王妃から毒蝮三太夫のいうところの汚いババアに
成り果ててゆくすがたが哀しい。
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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:35| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エーレクトラー エウリーピデース ギリシア悲劇全集7 岩波書店


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エウリーピデース III ギリシア悲劇全集(7)  『エーレクトラー』松本 仁助,訳
★あらすじ
本ブログで以前紹介したアイスキュロスの『コエーポロイ』における
オレステスの復讐劇を、その姉「エレクトラ」を主人公として翻案した作品。



トロイ戦争から帰国した父アガメムノーンの暗殺後、
オレステスはアガメムノーンの養育係である老人に助けられ、
祖国アルゴスからポーキス人の土地へ亡命し、
ピュラデスの父親ストロピウスに匿われた。


成人したオレステスは、親友ピュラデスと共にアルゴスへ密かに侵入。
父の墓前に自らの髪房を供え、アイギストスへの復讐を誓う。



一方、姉のエレクトラは、アイギストスと母クリュタイメーストラーに疎まれ、
城を追い出されて、農夫に嫁に出されていた。
その農夫は、徳の高い人で、エレクトラの処女に手をつけなかった。
ジッドのいうところの「白い結婚」である。偽装結婚。


オレステスとピュラデスは農婦になったエレクトラと再会する。復讐計画を立て、実行する。


まず、アイギストスがニンフ祭で子牛を生贄にしているところに
オレステスが客人を装ってもぐりこみ、子牛の解体の際に、アイギストスを殺害する。


その直後、エレクトラが子供を産んだと偽って、生後10日のお祝いに
母、クリュタイメーストラーをあばら家の我が家へとに招く。


あばら家の入り口で、久々に再会した彼女たちは、
父アガメヌノーンの暗殺をめぐって、華々しい親子喧嘩し、
その後で、エレクトラは、母を家の中に、孫をえさに誘い込む。
運び込んであったアイギストスの遺体のそばで、オレステスに母を殺害させる。


すると、クリュタイメーストラーの兄カストールが機械仕掛けの神として登場し、
実母殺しの罪は、この場では、アポロンの神託なので見逃してやるが、
オレステスにはアテーナイで神による母殺しの裁判を受けよと宣告。
エレクトラにはピュラデスと結婚してアルゴスを立ち去れと告げる。
エレクトラとオレステスは永遠の別れを悲しみながら、それぞれの旅路につく。



★感想
エレクトラの気性の激しさを描いた復讐の悲劇。
また、エレクトラとクリュタイメーストラーの母と娘の烈しい喧嘩がある。ここが山場。


ソフォクレスも『エーレクトラー』を書いているのだが、すみません未読です。
まあ、この悲劇はいつもながらエウリピデスらしい、ライトなつくりになっている。



一番気になったのは、エレクトラの夫である名前もない農夫。都合のいい登場人物だ。
役名「農夫」なのに、筋上で重要な役割を担っている。ギリシア悲劇としては邪道の感あり。
ひそかに彼は『機械仕掛けの神』を演じている。エウリピデスらしい人物構成である。


この農夫は、エレクトラと結婚させられ、夜の生活もないまま、暗殺の手伝いまでさせられ
最後は金を握らされて、むりやりエレクトラトと別れさせられるのだ。みじめだ。


まあ、エレクトラと偽装結婚までした農夫は、革命家の活動の支援者といった趣があり、
彼のあばら家が、山岳アジトにすら思えてくるのが、面白いといえば面白い。のか?


エレクトラが、この農夫まで総括してオレステスに殺させたら、とんでもない作品になっただろう。
血に飢えたラシーヌだったら、この農夫さえもアイギストスのスパイに仕立てて、政治劇の中で殺してしまうと思う。たぶん。


アイスキュロスの『コエーポロイ』の城での暗殺劇と違って、
アイギストスを野原で、クリュタイメーストラーを農家で、ゲリラ的に暗殺したのが
エウリピデスのオリジナリティーである。よって陰惨極まりない仕上がりになっている。



あばら家に向かってくる母の姿を久々に目にして、暗殺をためらいはじめ、
さらにはアポロンの神託さえも「悪魔の神託ではないか」疑い始めたオレステスを
「女々しくなって臆病者!!」と罵り、弟に実母殺しを扇動するエレクトラは、狂女である。


そして、母親とあばら家の入り口で、父親の暗殺の件で散々喧嘩して激昂したのに
殺す直前となって「貧しい家ですがお入りください、服を汚さないようにご注意ください」
と急に慇懃な態度で、母を誘い込むエレクトラの豹変ぶりは、かなり怖い。


オレステスは復讐の女神に苛まされて狂気におちいり、神々の法廷へ出頭するが、
エレクトラは、再びピュラデスと偽装結婚して、超法規的措置で国外亡命。
女性革命闘士による内ゲバ闘争とも読める点で、後世に読みかえのきく悲劇作品ではある。


オニールの『喪服の似合うエレクトラ 』を読もうと思っているので、一応読んでみた。


エウリーピデース III ギリシア悲劇全集(7)

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ラベル:エウリピデス
posted by 信州読書会 宮澤 at 11:17| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

供養する女たち(コエーポロイ) アイスキュロス ちくま文庫 ギリシア悲劇(1)所収

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『アガメムノーン』に続くオレステイア三部作の第二曲


★あらすじ
アガメムノーンの暗殺後、クリュアイメストラとアイギストスの手に落ちたアルゴス。
アガメムノーンとクリュタイメストラの子である
エレクトラとオレステースは冷遇と蔑視のなかで日々を過ごす。


他国を流浪したオレステースは従兄弟で友人のピュラデスとともに、
故国アルゴスに戻り父の仇討ちを計画する。



二人はオレステースが他国で亡くなったことを報せに来た使者だと身分を偽り、
アイギストスとの面会をはたし、暗殺を決行する。


続いて現われた実母クリュタイメストラは乳房を見せて
息子のオレステースに命乞いをする。

情にほだされず、アポロンの神託を信じてオレステースは母も殺害し
亡き父の仇討ちを遂げるが、復讐の女神エリーニュスの幻に苛まされて狂気に陥る。



父の仇討ちも重要であるが故国アルゴスが
将来クリュアイメストラとアイギストスの子によって統治されるのを
防ぐという目的がオレステースの悲願であり、
これは、正当な後継者としての自覚である。



崇高にして敬虔な自覚を抱くオレステースと
仇討ちに向かうオレステースの正義を神々に訴え、
ひたすらに彼の成功を祈るコロスの存在が
この悲劇を格調高いものにしている。


格調の高さで、アイスキュロスは、エウリピデスを遥かに上回ると確認できる。


ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:10| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タウリケーのイーピゲネイア エウリーピーデス 岩波文庫

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★あらすじ
アガメムノーンのトロイ攻めの前に襲った嵐を鎮めるために
イーピゲネイアは人身御供として咽喉を切り裂かれ、生贄にされる。


『タウリケーのイーピゲネイア』は殺されたはずのイーピゲネイアが
女神アルテミスによって、死の直前に鹿とすり返られて、連れ去られ、
タウリケーという異国に辿りつき、アルテミスの巫女として仕え生き残ったという設定。


アイスキュロスの『アガメムノーン』に語られたアガメムノーンの悲劇の死あと
息子オレステースは、友人のピュラデースに協力をえて
実母クリュタイメーストラとその愛人アイギストスを殺害し、父の仇討ちをする。


その後いろいろあって、アポロンの神託により女神アルテミスの木像を手に入れるため
ピュラデースとともにタウリケーへとやってくるが、海辺で牛飼いにつかまる。


姉のイーピゲネイアは巫女として、
タウリケーにやって来て捕らえられた異邦人を
アルテミスの祭壇に、生贄として捧げる祭儀を行う義務があった。


彼女の元に、生贄として弟オレステースとピュラデースが連れてこられ
姉と弟は、はじめこそお互いの正体がわからなかったが、
会話のしているうちに感動の再会を果たしていたことに気がつく(ここが山場)


イーピゲネイアは、タウリケー王トーアスを騙して
女神アルテミスの木像を盗み、弟たちと船でタウリケーを脱出する。
(トーアスを騙して浜辺に三人で行く場面は非常にうまくできている。
あと追っ手に蹴りを入れたりするオレステースが笑える。)


★感想
読んでみてわかったけれど、これはハッピーエンドなので正確には悲劇ではないです。
『アガメムノーン』のように狂った登場人物はでてこないし、
最後に出てくるアテーナイ(機械仕掛けの神)も辻褄合わせとしか思えない。


さらにすごいことには、コロスまでもがイーピゲネイアに説得されて協力しはじめ、
海に逃げだすオレシテースの模様を、トーアスに報告しに来た使者に
嘘をつくというかたちで、悲劇を回避する役を演じてしまっている。



エウリピデスの作品は、これがもちろん私がはじめて読むものですが、
ああ、うまいな。というくらいの作品でした。



というわけで、その理由を私より百倍正確に指摘してくれるであろうニーチェ。
昔、読んだニーチェの『悲劇の誕生』を少し読み返しました。
(ギリシア悲劇を読まないうちに『悲劇の誕生』を読んでいたのは
明らかに私の失敗だけれど、別に読んでなくても『悲劇の誕生』は楽しく読み通せます。)


ニーチェのエウリピデスの評価はもちろん低いです。



ニーチェのエウリピデス評は『悲劇の誕生』の第11、12章に詳しいのですが
私なりにかなり牽強付会にまとめると、
『エウリピデスは悲劇マニア出身で最初に悲劇を作った作家』ということらしいです。



映画マニア出身の映画監督が作った映画に喩えるとわかりやすいかも。
映画マニアの心をくすぐる、過去の作品の引用をちりばめながらも
一般の観客も楽しめる大作を撮る映画監督みたいな感じ。


要するにエウリピデスはスピルバーグみたいな人です。


そういう批評家っぽい一面をもったエウリピデスを
ニーチェはあんまり好きじゃないみたいで、
ギリシア悲劇の死の第一歩しるしたとして糾弾しています。
確かに、ニーチェの指摘は納得いくものがあります。
悲劇マニアの作品として捉えれば、


『タウリケーのイーピゲネイア』は面白いんじゃないでしょうか。

タウリケーのイーピゲネイア (岩波文庫)




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ラベル:エウリピデス
posted by 信州読書会 宮澤 at 11:09| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ギリシア悲劇〈1〉所収 アガメムノーン アイスキュロス ちくま文庫

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★あらすじ
トロイアのイーリオンに攻め込むため船を出したギリシア王アガメムノーンは


嵐に襲われ、愛娘のイーピゲネイアを生贄に捧げる。
イーリオンが滅んだ情報は、花火のリレーによって
故国にいるアガメムノーンの妃クリュタイメーストラに伝わる。


(このシーンはめちゃめちゃ美しい。)
(個人的にはマルローの『希望』の冒頭のスペイン人民戦線による
電話連絡のシーンを思い出してしまった。)


凱旋したアガメムノーンが連れてきたイーリオンの王女カッサンドラーは、
アガメムノーンに使える長老のコロスたちの前で、完全に狂った預言者となる。



おっおっおっおぃ、ぽ、ぽぃ、だぁ。おぉポローン、おぉポローン!
こういうわけのわからないセリフを吐き出す。
(ギリシア時代、ディオニュソース劇場でこれがセリフとして存在したことはヤバい。)



そして、カッサンドラーは狂気の中でアガメムノーンの父アトレウスが、
妻を寝取った弟のテュエステースへ仕返しとして
テュエステースの子供ふたりの人肉を喰わせると言う凶行を行い
その因果でアガメムノーンは殺されると予言する。


愛娘がアガメムノーンに殺されたと知り狂ったクリュタイメーストラは、
テュエステースの焼肉にされるのを逃れた第三子アイギストスとともに
アガメムノーンに復讐し、彼を編み目と同じくらい細かく切りつけ、殺す。
(ちなみにクリュタイメーストラとアイギストスは不倫関係にあった。)



この世の残虐と思える行為がすべて描かれている。
この時代の戦争は、敗北した国の兵士をすべて奴隷にし
女子供を容赦なく陵辱にするというトンデモナイことが当たり前なのである。



アガメムノーンの行った残虐行為が、すべての人間を狂気に陥れるが、
原因のアガメムノーンの血もすでに
親アトレウスの代の残虐行為によって呪われている。


地獄である。



戦争が悪いとかいう前に、想像を越えた地獄が展開されている。
とんでもないものを読まされたという動揺が今なお治まらない。
作り物とは思えない狂いっぷりが描かれている。

とくにカッサンドラーとクリュタイメーストラは
重度の麻薬中毒者としか思えない。悲劇の中で完全に理性を失っている。
こんなヤバイ人物をほかの作品で見たことがない。ハムレットですら可愛く思える。



アガメムノーンの仇討ちは、以前紹介したラシーヌの『アンドロマック』で
トホホな役柄だったオレスト(オレステース)が行う。
(オレストはアガメムノーンの子)
そのオレストの仇討ちの模様は、アイスキュロスの『コエーポロイ』で語られる。


生贄になったイーピゲネイアが実は生きていたという構想で
エウリピデスは『タウリケーのイーピゲネイア』を創作している。
オレストによる仇討ち譚は、ホメロスの『オデュッセイア』の重要な伏線となる。



ギリシア悲劇は、登場人物が別の作者によって語り継がれ
次々と物語が連鎖するので、読み始めると中毒になることが初めてわかった。


私は、完全にギリシア悲劇の中毒になりました。


ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:08| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ギリシア悲劇(1) 所収 テーバイ攻めの七将 アイスキュロス ちくま文庫


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『テーバイ攻めの七将』あらすじ

オイディプスの退位後、遺子のエテオクレスとポリュネイケスの兄弟は


一年ごとにテーバイの王位につくが、不和を生じ、次男ポリュネイケスは
テーバイを追われ、やがて王位を回復するために己の故郷テーバイに攻め込む。
テーバイには七つの門があり、七番目の門でこの兄弟は刺し違えて死ぬ。


ポリュネイケスの死骸の埋葬を巡っての悶着は、ソフォクレスの『アンティゴネー』に詳しい。


兄弟不和の物語。



テーバイ攻めの七将というからには七将の武勲が描かれているかと思いきや
戦闘シーンは全くなし。ちょっと残念。


ソフォクレスの『オイディプス王』と『アンティゴネー』の間に挟まれる悲劇である。


ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:05| Comment(0) | ギリシア古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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