信州読書会 書評と備忘録

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カテゴリー:自伝

2013年09月14日

革命運動裸像 福本和夫 こぶし書房

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久々のエントリーです。
この本の感想は、しゃべりました。

こちらをクリックして下さい。(音が出ます)
http://bit.ly/17VkeiK

革命運動裸像―非合法時代の思い出 (福本和夫自伝)




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ラベル:福本和夫
posted by 信州読書会 宮澤 at 03:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

オウムと私 林郁夫 文春文庫


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オウムと私 (文春文庫)


医師でありオウム信者であり地下鉄サリン事件実行犯である林郁夫の獄中手記


地下鉄サリン事件の際、私は高校受験を控えた中学三年生だった。
どういう状況や経過を経てこういう事件が起こったかということに関しては、
高校二年くらいから小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』を読みはじめて知り、
その後、理論的というか現代思想との関係として
大学時代に社会学者の大澤真幸の『虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争 』など読んだ。
実際の信者を取材記録した森達也の『A 』『A2 』をビデオで観た。
以上を観たり読んだのは、知的好奇心と下世話な興味とでしかないが。



その後、一度だけ私的な必要に迫られて毎晩聖書を読んだ時期があり、
キリスト教については、短期間だが恃む気持ちで考えたことがある。
そのせいか、キリスト教徒であった正宗白鳥や、西欧文学に触れた時の感じ方が随分変わった。



医師として社会人経験のある林郁夫氏が、
なぜ、お粗末で付け焼刃的なオウムの教義や麻原の存在に捕らわれていったかが、
この手記では明らかにされている。


麻原と彼との師弟間の葛藤についての記述に大半を割いている。


麻原帰依に至った経緯は
具体的には、麻原が重病患者の意識を回復させたという奇跡を目の当たりにしたとか
林の心の迷いや葛藤を見抜いて、麻原がズバリと指摘したのが、原因であるようだ。


本書で、一番気にかかった点は、昭和天皇の死に際しての心理的動揺と
オウムへの入信が彼の中ではかなり密接に結びついている点である。
「私は昭和天皇を個人的に尊敬していました」と彼は述べ、続いて


昭和六十四年一月七日、崩御の発表がありました。
病気の経過は長く、その日の来ることは覚悟していたものの、
その悲報を聞いて、それまで自分の中にあったなにかが、
フッと、消えてしまったような空虚な思いがしました。
その思いは父の死の思い出とも重なって、その後もなかなか拭い去ることができませんでした。
(中略)私の育ってきた一つの時代が終わってしまったような、さみしさを感じていました。



彼自身が意図的に真似したかどうか判りかねるが


すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。
その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終わったような気がしました。
最も強く明治の影響をいけた私どもが、その後に生き残っているのは
畢竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました。



という夏目漱石の『こころ』の「先生」の遺書にそっくりである。
昭和天皇崩御の二週間後の1月23日(彼の誕生日)に彼はオウムへ入信する。
『こころ』の先生が自殺するように、入信によって彼は、現代社会での精神的な自殺を遂げた。



尊師の命令と一社会人としての良心との葛藤の中で
やむを得ずに様々な犯罪に関与してサリン事件にいたる過程が
感情を抑圧した筆致でたんたんと描かれている。


取調べで徐々に刑事の情にほだされ、「私がやりました」というくだりは、壮絶である。


医師という面で見れば、彼も殉職した営団地下鉄職員と
なんらかわらない職業倫理観を持っていたことが本書でわかる。


彼は犯罪者であるが、私たちの身近な隣人いてもおかしくない普通の人物でもある。
この意味を考えさせられると共に、殺伐とした現代社会に生きる人間にとっての
宗教の意味を真に考えさせられる本である。

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posted by 信州読書会 宮澤 at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月10日

雑誌記者 池島信平 中公文庫


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戦時中の文藝春秋編集長であり、戦後に文藝春秋の社長になった
池島信平の雑誌編集者としての経歴を綴ったもの。



池島信平は世界に類のない雑多な綜合雑誌『文藝春秋』を
菊池寛の下で国民雑誌にまで育てた人物である



池島信平の名を知るようになったのは、吉行や安岡のエッセイで名前を
何度か見かけたのが、きっかけだった気がする。


菊池寛、佐佐木茂索、坂口安吾など作家のエピソードが興味深いが、
一編集者の目から見た太平洋戦争の記録としても読める。


戦時下にまがりなりにも言論の自由を貫いたことが、
『文藝春秋』の戦後の発展につながっているようだ。
横光利一の葬式のくだりが印象的だった。


『今日の文学者の葬式から見れば、横光さんの葬式は簡素なものだったが、会葬者はとだえることがなく、そのなかには、椎名麟三、梅崎春生氏などの姿を見た。見ていると、焼香している椎名君や梅崎君のズボンのお尻に継ぎがあたっている。それをみてわたくしはほほえんだ。ここに文壇の鬼才(?)が世を去り、眼前に戦後の新しい作家が生まれようとしている。この推移を見とどけるのがわたくしたち編集の仕事である。この若者たちはやがて文壇に乗り出して、そうとうな地位を占める人だが、この日の姿をわたくしは忘れたくないと思っていた。』

文藝春秋社っていうのは、いつから
今みたいなエセ保守の巣窟になったのだろう?

雑誌記者 (中公文庫 (R・16))

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ラベル:池島信平
posted by 信州読書会 宮澤 at 13:13| Comment(0) | 自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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