皮肉屋で諧謔家、冷笑家、鼻持ちならない若者アドルフは、
自尊心を満足させるほどの女性に廻りあわず、一度も恋をしたことがなかった。
完全に釣り合いのとれぬ相手との結婚は赦さないが、結婚を問題にしないかぎり
どんな女をものにし、捨てても構わないという不徳な女性観を父親に植えつけられたアドルフは、
社交界にデビューし、ある伯爵の情婦にエレノール出逢う。
彼女は教養にあふれ、自尊心も高い女性だが、破産しかけた伯爵に献身的につくし、
彼の財産を回復する手助けをするやさしいさも兼ね備えていた。
伯爵との間にできたふたりの子供を愛し、信仰心厚く、身持ちの堅い彼女に、
日々惹かれてゆくアドルフは彼女に愛を打ち明け困難の末に結ばれるが、
父から他国での仕事するようにとの命令、友人の伯爵を裏切る自らの行為、
そして先の見えないエレノールとの関係に悩む。
彼女に身を捧げても一向に自分が幸せになれないと気づいたアドルフは、
急激に恋の熱狂から冷め、エレノールが疎ましく思う。
さらに父親からエレノールとの関係を叱責され、
エレノールに別れを切り出すと、嫉妬に狂った彼女はあらゆる手段で
アドルフを取り戻そうとする、が…。
アドルフのエゴイズムを嫌というほどみせつける小説。
近代フランス心理小説史上最高傑作のひとつといわれる悲劇である。
心理描写は生々しいが人工的な作品で、その後のフローベール、
スタンダールなどに受け継がれる恋愛小説のパターンの元祖を形作っている。
たとえば、アドルフを出世主義者として造形すれば、
「赤と黒」のジュリアン・ソレルになるし、
エレノールは、そのまま「感情教育」アルヌー夫人に生まれ変わる。
「ハムレットとアドルフ」とは三島由紀夫の指摘。
どちらも今日では全世界に一般化された病的性格であると述べ、再読三読に堪える作品と激賞した。
アドルフ (新潮文庫)
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