野坂昭如の含羞の文壇回顧録。副題は「吉行淳之介とその時代」とでも言おうか。
シーンは、色川武大の中央公論新人賞授賞式から始まる。
電通の早朝ブレインストーミングに、
外部スタッフとして参加し、
朝八時から、ビール2本を飲んでいる野坂昭如。
(それもそれで今やってる人がいたらカッコイイが)
『…高校生活一年で少し身につけたハッタリ術によって、いやさらに酒と黒眼
鏡で、どうにか民放を凌いできた。』
こんな具合で、いくら稼ぎがよくても放送業界の仕事に本気になれない。
一方に高校の先輩である丸谷才一や中山公男が、下情に疎いながらも、
フローベール、ソシュールの言語論など、知らない固有名詞を闘わせる世界があり、
そこで文学のとてつもない高みがあることを知り、震撼する。
ついに、民放での仕事から足を洗い、野坂は小説家の志を立て文壇への一歩を踏み出す。
その重要なきっかけとなった人物に関する記述が以下
『書いてみようと発心したのは、名前は聞いたに違いないが、すぐ念頭から
失せた、あの壇上の受賞者の影の如きの存在』
この物故者に対して野坂昭如が過剰なライバル意識を抱いていたことのわかるで興味深い一文。
まだ、文壇があり、文壇バーが隆盛の時代。その周辺をたむろしながら、
野坂は現代文学の双璧を三島と吉行と見極め、常にふたりの動向を追いかける。
特に吉行の人との付き合い方、言葉遣い、服装などに
小説家の典型として「筋が通った」ものを感じとり私淑する。
そして、彼らから認められるかどうかという緊張感の中で野坂は、見切り発車の創作活動を開始。
作家がお互いに、存在を見定めあう文壇の視線の厳しさが随所のエピソードに伺える。
小説家の姿勢というものについて思いをめぐらせたい人にお薦めの本。
文壇知識に疎い人にまたは興味のない人にとっては、
野坂昭如がジブリアニメ「火垂るの墓」の原作者で
「おもちゃのチャチャチャ」の作詞家であるというトリビアを証明してくれる本。
文壇 (文春文庫)
Sponsored link