信州読書会 書評と備忘録

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2013年07月25日

異形の者 武田泰淳 中央公論社日本の文学67

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日本の文学〈第67〉武田泰淳 (1967年)


他力本願の一宗派の僧侶となるべく、出家した主人公の加行生活の話。
主人公は左翼運動体験者であり、運動に敗れて実家の寺を継ぐため出家する。
裕福な寺で生まれただけで、加行も融通が利くという矛盾や
止みがたい女への煩悩からの愚行、衆僧を示嗾してのハンスト決行など、
出家したとしても寺もひとつの世間でしかない現実が描かれている。


主人公は、穴山という衆僧とささいなことから決闘になる。
その決闘を前にして、本堂の阿弥陀如来に心の中で語りかける。



『あなたは人間でもない。神でもない。気味のわるいその物なのだ。
そしてその物であること、その物でありうる秘密を俺たちに語りはしないのだ』



現代で出家するという意味はなんなのか、問うた作品だと思う。



武田泰淳は浄土宗の裕福な寺に生まれた。
彼自身の加行体験も投影されているのだろうが、
禅宗のような厳しい修行がないので、出家ってこんなものなのかと疑問に思った。


「食う寝る坐る永平寺修行記 」野々村馨 新潮文庫を読むと
曹洞宗の修行の基本は、蹴る殴るの指導と飢え、ひたすらな座禅と描かれている。


禅宗と比べても仕方ないが、禅宗が内省から無にいたる単純な過程だとすれば、
浄土宗は来世の地獄極楽まで因果を含んでいるの厄介だなというのが感想。


現世は地獄か極楽か悩む人にお薦め。
読んでもなにも答えは出ないが、
悩むこと自体のリアリティーを幽かに教えてくれる。







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posted by 信州読書会 宮澤 at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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