信州読書会 書評と備忘録

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2013年07月25日

僕の昭和史 安岡章太郎 新潮文庫



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講談社から1984年〜88年までに
出版された『僕の昭和史T〜V』を1冊にまとめ文庫化したもの。


安岡章太郎の遍歴が綴られている。

戦時中、落第生であった安岡氏が、
社会の無気味な変化を肌で感じた回想が興味深い。


一切事実が報じられないノモンハン事件の無気味な印象や
ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』が上映中止になったこと。
慶応仏文の高橋広江教授が、南仏インドシナから戻ってくると、
急に超国家主義者になっていて、バレスやモーラスの
フランスファシズム作家のテキストを授業で教えはじめたことなど
社会の変化が、忌まわしい雰囲気として伝わってくる。


安岡氏は徴兵され、中国へ渡り、第一個師団としてフィリピンに配属される前に
罹病し内地送還になるという幸運に見舞われる。(第一個師団はその後全滅)


内地を転々とし、終戦を迎えるが、脊椎カリエスにかかり
30を過ぎて横臥生活を余儀なくされる。寝床で小説を書くことしかできない。
老いた父母を養う責任の立場にあるにもかかわらず、はたせない無力感。



……一日に四百字詰原稿用紙に一枚書くのがやっとで、どうかすると一日中原稿用紙を横目で眺めながら一行も書けないことがあった……。しかし、僕はひるまなかったし、ヤケにもならなかった。落胆したり絶望したりするのは、まだ自分に幻想を持っていられるときのことだ。僕にはもはや、そんな抱負や期待は何もなかった。


一度、処女作を三田文学に持ち込み、原民喜につき返され、自信を失っていた安岡氏。
発表の場もなく、貧困と病気の絶望の中で、唯一の生きがいとして書いた作品が、
偶然ある作家の目にとまり、手紙を貰う。


それは、宇野千代の夫君、北原武夫だった。
(この人は新人発掘の目と批評の精度は抜群だったらしい)


北原武夫の推挙で『ガラスの靴』が三田文学に掲載され、芥川賞候補となり、
それを機縁に文学界から注文が来て、作家生活をスタートさせる。
なぜか、奇跡的に病気も回復する。


評論家 服部達の思い出や、池島信平が貧窮ぶりを心配してくれた思い出
十返肇に絡まれて、コップを割ってバーから飛び出す話など、
文壇がギルドとして存在したころ挿話が眩しい。


後半は、アメリカ留学やソビエト旅行の話がくる。ここへきてかなりだれる。
安岡氏自身が作家として「ワンサイクル終わった」後の話になってしまっている。


もっとも印象的だったのは結末。
一緒に学生時代に同人誌を手がけた慶応の同級生の小堀延二郎が、
ルソンで戦死したことになっていたが、敵前逃亡の引責自決で
事実上戦地で仲間に処刑されていたこと発覚し慄然とする。
ここは、涙なしには読めないところだ。


旧陸軍の蛮行が、三島事件、連合赤軍の総括とオーバーラップして
戦後も結局は戦争の延長でしかないという認識が吐露される。
戦後に生き残ってしまったことへの戸惑いと深い悲しみがあふれだす。


小島信夫が2006年9月26日逝去して、安岡氏、庄野氏のみが残る第三の新人。
生き残った人が、風化すらしていく不毛な現代において、
語り継ぐことの大切さを教えてくれる作品。

僕の昭和史 (新潮文庫)


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ラベル:安岡章太郎
posted by 信州読書会 宮澤 at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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