信州読書会 書評と備忘録

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2013年07月25日

行人 夏目漱石 新潮文庫


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★あらすじ
大学講師の一郎は、孤独癖があり神経衰弱の傾向があった。
妻の直をはじめ家族の誰とも心打ち解けられない。
弟の二郎に、妻が自分のことをどう思っているか訊くように頼むほどである。


やがて二郎は、嫂をめぐって兄と齟齬をきたし、家を出る。
しかし、二郎は神経衰弱の高じた兄を心配し、
兄の旧友Hに一緒に旅行にいって兄の心のうちを探ってくれと頼む。
旅先からHから兄の不可解な言動を報告する手紙が届く。


『明暗』以外の主要な漱石作品は読んでいる私だが、『行人』は最も感銘を受けた。
感銘を受けた性質が面白かったというよりも、
身につまされて何度も中断して考えさせられるので、
容易に読み進めえないといった具合だ。


「構成のゆるみ」が随所にあるという江藤淳の指摘がある。
確かにエピソードが煩雑でまとまりがないが、
これは新聞連載小説であり、断章ひとつにも、感興を惹くエピソードを交えて


読者を飽きさせないようにするのが漱石一流のビジネスであり、
構成のまとまりとか芸術的達成とか求めがたいと思う。
芥川がだらだら新聞小説を連載できたかというと、
彼の芸術至上主義はそれを許さないだろう。


二郎の視点から長野家のメンバーがそれぞれ描かれているが、
それは、二郎が息子であり、弟であり、兄であり、義弟であり、叔父であるという
役割を演じるこの大所帯の中での要であるからだ。
前半は、何よりも二郎が主人公の小説であり、
Hの手紙に至ってようやく二郎の主観を挟まない一郎の姿が描かれる。


一郎はどうやっても、主人公ではない。


こう考えると、一郎が離婚したりとか自殺したりとかいった
安易な結末をつけるのを嫌がったよりも、
主人公でない一郎の性格をこれ以上突き詰めると小説の構成が乱れるので、
無理矢理結末を持ってきて、未解決のモチーフを次回作に持ち越したといえる。


そう考えれば、『こころ』は一郎を自殺させた話といえる。
一郎がすでに自殺したK、二郎が先生で、嫂の直が先生の奥さんというふうに
設定に改めた『行人』の続編的なバリアントと『こころ』はみえるだろう。


もっと『行人』の感想を細部に触れて書きたいのだが、
長くなるので最後に、私が最も印象に残ったことについて


父が景清の謡から、盲目の老女の話をはじめ、女の秘めたる執念を語り、
それに関して一郎が女と男の情念の違いを批評したあげく、
二郎を部屋で詰問するくだりは、小説の構成として実に鮮やかだと感嘆した。


行人 (新潮文庫)



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ラベル:夏目漱石
posted by 信州読書会 宮澤 at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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