信州読書会 書評と備忘録

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2013年07月25日

二十日鼠と人間 スタインベック 新潮文庫


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★あらすじ
南カリフォルニアの農場を渡り歩くふたりの労働者ジョージとレニー。
レニーはうすのろの大男で、小動物を溺愛している。
そんなレニーの庇護者として振舞うジョージは、
レニーがいなければ自分が孤独に耐え切れず、
賭博と女で金を全部遣ってしまうことを知っている。


いつか農場を手に入れることを夢みて、金を貯めるため、ふたりはある農場に職を見つける。
しかし、農場の親方の息子カーリー夫妻のいざこざにまきこまれ、


カーリーの妻をレニーはそのバカ力で殺してしまう。
ジョージは、カーリーがレニーをリンチする前に、レニーを自らの手で射殺する。



★感想
戯曲形式で書かれた悲劇的な小説。
悲劇的なというのは、アリストテレスが『メーデイア』を評して述べた。
「自分が何をする知りそのことに気づいていながら行為する」という意味で。



ジョージは、カーリー夫妻に出会ったときにすでに、悲劇を予感している。
ジョー・ペシみたいな乱暴者カーリーと、その淫乱な妻によって
なんらかの暴力的な事件が起こることをすでに知っている。



ジョージすでに神託が下されたことを理解している。
レニーが誰かを殺すという事実を知っていながら気づかないふりをしているだけである。
レニーが、カーリーの妻の首をへし折るまでの事件を目の当たりにして
結構冷静なのは、その証拠である。
レニーをカールソンから盗んだ拳銃で射殺するまで、ジョージは自覚的である。
遁れがたい宿命に自分で始末をつけたので、悲劇である。


しかしながら、ジョージがあまりに『ブロークバック・マウンテン』な人なので
その辺に敢えて筆を進めないスタインベックに不満が残るが…。
スリムはその辺のことまでわかっていながら黙っていたということなのだろうか。
そう考えると、一番得したのはスリムでしかない。ここは、農場の政治的な問題だ。
実は、もう一章描いて、農場の人びとのその後まで書かなければ、読者に不親切な作品である。


ハツカネズミと人間 (新潮文庫)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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