信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月15日

風景について 花田清輝 講談社文芸文庫 『もう一つの修羅』所収


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もう一つの修羅 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)



このエッセイは、花田清輝版の『東京八景』。以下引用。改行適当。



太宰治は、『東京八景』のなかで、十年間のかれの東京生活を、
その時々の風景に託してかいてみたいという計画を、
ながいあいだ、あっためていた、という。


戸塚の梅雨。本郷の黄昏。神田の祭礼。柏木の初雪。八丁堀の花火。芝の満月。
天沼の蜩。銀座の稲妻。板橋脳病院のコスモス。荻窪の朝霧。武蔵野の夕陽。


――とつぎつぎにあげてくると、いささか小林清親の浮世絵の昭和版みたいな
気がしないこともないが、どうやらかれの記憶のなかからうかびあがってきた
それらの雑然たる風景は、彼の断腸のおもいによっていろどられ、
かれの内部世界において一種独特の光彩をはなっていたもののようだ。


しかるに、わたしは、すでに四半世紀以上も、この東京に住んでいるにもかかわらず、
そういう風景らしい風景を、なに一つとしておもいだすことができないのだ。

太宰は、生活を風景に託してかいてみたいというが、
わたしのように、すでに生活を喪失してしまっているものには
風景もまた、まったく無意味なのだ。
わたしは生活を無視した。ほとんど蔑視した。




そんな花田清輝にも、忘れられない風景がたったひとつだけあった。
それは、何の変哲もない赤坂区溜池三十番地の石塀だった。


その石塀の中には戦前、東方会という農本主義ファシズム団体があり、
戦後には、そこに、真善美社という出版社が戦後には生まれた。
花田清輝の主著である『復興期の精神』はここで出版された、


やがて、石塀の中での『曾てアルカディアに花田も』がはじまり、
宮本百合子や中野正剛の息子中野達彦、岡本太郎、大井広介との思い出、
自著の出版経緯などが、太宰の『東京八景』のような速いテンポで、回顧される。


つづいて、久しぶりに、花田は溜池をとおることがあり、見ると、
その石塀がいともあざやかに消えうせていたと述べ、



――不幸だったか、幸福だったか知らないが、
とにかく、『東京八景』をかいた太宰治には、生活があった。
かれには、兄弟があり、恋びとがあり、友達があり、
いずれにせよ、人間とのさまざまな交渉があった。

ところが、わたしには、そういう私的な交渉が、いっさいないのである。
(中略)
それこそわたしのまわりには、ただの一人もいないのである。
これではどんなに頭をひねってみたところで、太宰治のように
かくに値するようないざこざがおこりようがないではない。


“to make a scene”という言葉がある。


ひとつの風景をでっちあげるためにも、
われわれは、相当、泣いたり、わめいたり、
てんやわんやの大騒ぎを演じなければならないのだ。
(中略)
ひるがえって、考えるならば、わたしは、
あまりにシーンをつくることにおそれているわたし自身に、
いくらかアイソがついてきたのかもしれないのだ。
たぶんわたしは、あまりにもお高くとまっているわたし自身を、
一度、台座からひきずりおろしてみたくなったのかもしれないのだ。





かくして、太宰の『東京八景』読み込むうちに


花田清輝は、おもわず、自己否定のような感慨を漏らすのである。


そのあたりに、苦い感傷があふれていて、結構感動してしまった。

世の中には、泣いたり、わめいたりしないと、決して見えてこない風景がたくさんあるのだ。

花田清輝にそういう体験がまったくなかったとはおもわないが、
そういう個人的な感傷を集団のエネルギーに止揚させる運動を
ながいあいだ主導して、表現における個性を軽蔑しきっていただけに、
この告白には、はからずも地が出たような、抑圧された個性の解放のような、
或は、転向声明のような、哀切な響きがあふれている。


まあ、論敵の吉本隆明が住井すゑの『橋のない川』を読んで泣いたと告白した
花田を評して、「アヴァンギャルドと言いながら、あんなので泣く人なんです」
というような感じで腐していた気がするが、それは案外的確な批判である。
気丈に見えて、芯はウエットな人だったのだろう。人間誰しも弱る時がある


もう一つの修羅 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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ラベル:花田清輝 
posted by 信州読書会 宮澤 at 14:29| Comment(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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