信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月15日

死に至る病 キェルケゴール 岩波文庫 その一


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ごくたまに、哲学書を無性に読みたくなることがある。
真理に直接に迫ろうとする哲学者の魂魄に触れたくなる日が、ときどきあるものだ。


本書は『「死に至る病」とは絶望のことである。』と言う命題をめぐった
キルケゴール(1813〜55)の著作であり、実存主義への道を開いた歴史的な労作である。


読んだきっかけは、カミュの『シーシュポスの神話』で取り上げられていたことと、
キルケゴールがキリスト教に深い関心を寄せていたことを知ったからだ。


この哲学書に関する前提や、哲学史的な意義はあまりよく知らないし、
キルケゴールの入門書を読んでいないので、心に触れた文章を上げて
それに触発されて、思いついたままの勝手な感想を書きたい。



人間は絶望していることが稀なのではなくて、
真実に絶望していないことが稀なのである



とキルケゴール(以下キルケさんと表記)は語る。


「基本的に人間は絶望をかかえている。」ということらしい。
ただ、絶望を意識しない人と、意識する人がいる。


絶望を意識した人だけが、自分自身になれるそうだ。
無限に反省して絶望を意識することにおいて人間はようやく自己自身になれるという。
そういう反省のない人は、自己がなく、致命的な絶望の中にいてなおそれを意識しない、
喩えるならば、病気なのに、病気に気がついていない患者であるそうだ。



こういうわけであらゆるもののうちで、最も美しく最も愛らしい
女性の青春さえも、絶望でしかない



とキルケさんは述べる。



美しい女性の青春には、自己がないというのだ。
キルケさんすごいことをいう…。
(このへんはキルケさんのレギーネという女性との恋愛の挫折が深く影を落としているらしい。)


彼女は病に気がつかない病人ということになる。
絶望を意識していないだけで、絶望状態真っ只中だというのだ。
毎晩、寝床で反省して『チクショウ!!』と叫ぶような
人間でないと自己自身になれない。ある意味、そういうことだろうか?



人生を謳歌している人に、強烈に釘刺す、はた迷惑な哲学書である。
(もっとも、そういう迷惑のない哲学書じゃ存在価値もないが。)
が、たまに無性に読みたくなる。また機会があったら感想を書きたい。


死に至る病 (岩波文庫)



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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:52| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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