信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月15日

アルルの女 ドーデー 岩波文庫


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アルルの女 (岩波文庫)



★あらすじ
平穏な農村の青年フレデリは、アルルの町の女に恋をする。
結婚寸前まで行くが、彼女の身持ちの悪さが発覚して大混乱になる。
アルルの女に未練たらたらのフレデリは恋煩いで精神に変調をきたしたため、
彼の家族は、彼が死ぬよりはましかと思い、しぶしぶアルルの女との結婚を許す。



しかし、名誉を重んずる家風に従って、これ以上家族に迷惑をかけてはいけないと思い、
中途半端な意志で、フレデリは、無理に幼馴染のヴィヴェットと婚約を決意する。


すると、婚約の日の当日、フレデリはアルルの女の情夫にばったり会ってしまい、
彼の会話を盗み聞きしたことで、女への嫉妬の炎が燃え盛り、懊悩の末、自殺する。



★感想
モーパッサン・ゾラに続く自然主義作家ドーデーの戯曲。真っ当な悲劇。


『水車小屋だより』の一挿話を戯曲化したもので、ビゼーが音楽をつけた。
アルルの女は一度も登場しない。思い切り悪者になっている。

一族の名誉と、フレデリの自由恋愛の相克を描いているが、
家族はかつて、自由恋愛を断念した人たちばかりである。
彼らの人生には、その断念への深い後悔の影がさしているだけに、
フレデリの苦悩が、より鮮明に浮かび上がっている。
フレデリはヴィヴェットとの婚約によって、強引に苦悩を解決しようとして失敗する。



注目に値するのは一家の不幸を一身に背負っているフレデリの白痴の弟の存在である。
彼は、一族の運命の星まわりに安定をもたらし、ある種の信仰対象となっている。
彼が、急にまともになることで、フレデリが自殺するという皮肉な結末になっている。



一族の平和と安定には、バランスが存在するという前提で描かれている。
ギリシア悲劇で言えば、神託が前提となっているようなものである。
結婚問題を境に、登場人物たちの関係のバランスが多いにくずれ、
それぞれの人生の真実が明らかになる。それが、自然主義の手法で描かれる。


こう考えると、自然主義というのは人間の運命に関する
とりわけ信仰や迷信のような、自然の不可視な法則性を
科学的に取り上げて、作品中に取り込んでゆく手法だといえる。
要するに因果応報をもって物語の綾を織り成している。


今もってなお、人を魅了する斬新でインチキ臭い手法だと思う。


よって、スピリチャルカウンセラーや占い師というのは、
まずなによりも自然主義者である。(かなり強引な断言!!)


人物設定等は、スタインベックの『二十日鼠と人間』に似ていると思った。




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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:51| Comment(0) | 戯曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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