信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月15日

林檎の樹 ゴールズワージー 新潮文庫

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★あらすじ
田舎の荒原地帯に、友人と遊山に来たアシャーストは、
農家の子守り娘のミーガン(他訳ではメガン)と出逢い恋に落ちる。


彼女と駆け落ちしようと、準備のために街へドレスを買いに行くが、
そこで、別の友人ハリディとその妹ステラに出逢い、彼女に魅了される
都会的なステラの魅力が、ミーガンを忘れさせてしまう。


アシャーストは農場に二度と帰らず、ステラと結婚してしまう。
ミーガンは、迎えにこないアシャーストに絶望し自殺する。


25年後の銀婚祝いの旅行に妻ステラを伴って、
荒原地帯を再訪したアシャーストは、農家の近くの十字路に墓を見つける。
それは、かつて恋したミーガンの墓だった。彼女は自殺していた。


★感想


エウリピデスの『ヒッポリュトス―パイドラーの恋 』のコロスの合唱に
『黄金なる林檎の樹、美しく流るる歌姫の声』とあり、
それが、小説のエピグラフであり題名はそこから取られている。


しかし、小説は『ヒッポリュトス』のようなアンモラルなエグみは少ない。

都会ずれした愚かな学生が、純粋な田舎娘を結果的に騙したという話だが、
騙したアシャーストが、ヒッポリュトスのような一時の融通の利かない熱情のために
その後良心の呵責をおぼえるという点で、このギリシア悲劇が小説の伏線になっている。
人生の生活様式などははいかに高貴まじめであっても、
その底に流れるものは常に貪欲とそしてただ空しい落莫感だけだ


と書かれている。世のなべての男性の心理を鋭く突いた至言である。

駆け落ちしてミーガンをロンドンに連れていっても、
ふたりが生活するアパートは、アシャーストの求める詩的感興からは程遠い。
それでも、官能揺さぶる春の到来の感触は、アシャーストを恋の盲者にしてしまう。


しかし、都会に戻るとミーガンのことなど恥ずかしくなる。
アシャーストを追いかけて汽車で街に出てきてあたふたと彼を捜すミーガンを、
遠めに眺めながら逃げだす彼は、誰が見ても最低な男だ。無論、ほめ言葉である。


春の自然の官能にうわずった心理を優しく撫ぜるような描写が溢れている。
特に、深夜に林檎の木のしたで逢引しふたりが、お互いの恋を告白する場面は甘く切ない。


林檎の木の下にはジプシーのお化けが出るということで
幼いミーガンは、そのおばけを怖れているのだが、
そのおばけは、結果的にアシャーストだったというオチが上手。



キリスト教徒(イギリス国教会)は自殺すると、
教会の墓地への埋葬を拒否され、十字路の脇に墓を立てられるそうだ。
自殺したミーガンの墓と知ってアシャーストがアフロディーテの復讐を受けた。
という気がつくところに、アリストテレス的な「おぞましいことの認知」がある。



ノーベル賞作家ゴールズワージー49歳のときの作品。
1916年は発表なので、第一次世界大戦中の作品である。


熟練した筆づかいを抑制し、軽いタッチで青春の恋愛を書いたら名作が生まれた。
戦時中にも関わらず…である。まさしく『鈍感力』である。


こういう風にして生まれたベストセラーには、なぜか軽い殺意を覚える。


『林檎の樹』が代表作になったことを恥じていなければ、
ゴールズワージーは本当の悪人だと思う。極悪人。
たぶん極悪人だろう…。イギリスらしい階級意識にまみれた性根からの。


林檎の樹 (新潮文庫)



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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:45| Comment(0) | イギリス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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