信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月15日

ル・シッド コルネイユ名作集所収 白水社


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コルネイユ名作集 (1975年)


★『ル・シッド』あらすじ


舞台は、ドン・フェルナン国王を戴くカスティリアの町、セビリアである。


スペインの貴族の子弟であるロドリーグとシメーヌは恋人同士であった。





王子の師範役という重大な役職をめぐって、
ロドリーグの父、ドン・ディエーグと

シメーヌの父、ドン・ゴルメス伯爵が出世争いをする。





しかし、ドン・ディエーグが、国王より王子の師範役を任ぜられ勝つ。
敗れたドン・ゴルメス伯爵が、嫉妬から、ドン・ディエーグを暴力で侮辱する。


ロドリーグは、父の恥を晴らし、家の名誉を守るために、


最愛のシメーヌの父であるにもかかわらず、


ドン・ゴルメス伯爵に決闘を挑み、殺してしまう。





シメーヌは国王に、涙ながらに父の死に対するロドリーグへの裁きを求める。





伯爵の葬式にロドリーグが現われて、シメーヌに体面する。





ロドリーグ「私の話を聞きたまえ」


シメーヌ 「私は死にます」


ロドリーグ「待ってくれ」


シメーヌ 「死なせて」





こんな愁嘆場を繰り広げる。





あげく、ロドリーグは、私を殺せとシメーヌに詰め寄る。

「私は死にたいのだ!」と。


しかし、シメーヌは仇討ちできない。ロドリーグへの愛ゆえに。





ちょうどその頃、ムーア人が大艦隊で攻め込んできて。
カスティリアは存亡の危機に立たされる。





愛するシメーヌに永遠に拒否されたロドリーグは、ムーア人を迎え撃つために戦場へ行く。


破れかぶれのロドリーグは、死に物狂いで戦う。死に場所を求めて。


しかし、結果的に、初手柄をあげ、さらに、皮肉なことに

ムーア人の王ふたりを生け捕りにするという快挙を成し遂げてしまう。





その武勲によってロドリーグはムーア人から『ル・シッド』と呼ばれ怖れられるようになる。


(ちなみに、『ル・シッド』とは、ムーア人の言葉で『君主』という意味)





国王は、英雄となったロドリーグに感謝し、ねぎらう。


国王は、シメーヌが内心ではロドリーグの活躍を喜んでいるのに気がつき


シメーヌが代理人をたてさせて、ロドリーグと決闘させることに決める。


そして、勝ったものとシメーヌは結婚するという条件をつける。なんとかまるくおさめようとして。





シメーヌに思いを寄せる男。、ドン・サンシュが仇討ちの名乗りをあげる。しかし彼は決闘未経験。

ロドリーグは決闘において、ドン・サンシュの剣を撃ち落し、圧勝する。

そして、ドン・サンシュに剣を預け、勝った証に、シメーヌに届けろと命令する。





ドン・サンシュが届けたロドリーグの剣を見て、


シメーヌはロドリーグが死んだものと早とちりする。





ショックから、父への仇討ちの義務からひた隠しにしてきたロドリーグへの愛情を
シメーヌは国王に告白し、世をはかなみ、尼寺にこもると言い出す。


しかし、誤解が解け、ロドリーグが生きている判明すると、シメーヌはもはや嬉しさを隠せない。


国王は、もう、これだけいっぱい悩んだのだから父の仇討ちは済んだでしょ、とシメーヌを説得する。





結局、シメーヌは、国王の説得を受け入れロドリーグと結婚。





国王は、新婚のロドリーグにムーア人征伐のため、遠征を命じる。


なんらかの悲劇の前途をほのめかしつつも終劇。





★感想


異様に展開が早いというのが一番の感想。志賀直哉の短編ぐらい早い。


以上のあらすじが24時間のうちに起こったということである。


古典主義の『三単一の法則』をかなり無理して踏襲しみました。


仕方なくプロットをぶち込んだみましたが、破綻を繕えませんという苦しげな作品。





家の名誉と恋愛に引き裂かれたロドリーグの二律背反を描いている。





コルネイユが後に悲喜劇と名付けただけあって、ハッピーエンドである。





脇筋でカスティリアの王女が、ロドリーグを熱愛しているのだが


身分が合わないので、シメーヌの恋路を譲るという


全く、本筋に関わらない筋が入っている。この脇筋は死筋。





本来ならば、ロドリーグは戦果を上げて戦死するか、


王女の腹心の奸計で、暗殺されるというのが悲劇の王道だが、


王道どころか覇道を突っ走るコルネイユは


無理矢理ハッピーエンドに持ち込んだ。





ギリシア悲劇のような三部作ならロドリーグは


王女の絡んだ筋で死ぬとおもわしい。どうだろうか。





しかし、ハッピーエンドだからこそ、かなり当時の劇場をにぎわした。


特に貴婦人からの支持が熱烈であった。

めでたく結ばれるのがいいらしい。


女性はバッドエンドを好まないが、昔からそうだったのだ。だなあ。




★ 『ル・シッド論争』の発端となったスキュデリの<『ル・シッド』に関する批判>について





ジョルジュ・ド・スキュデリの『ル・シッド』へのいちゃもんは以下の3点。





1. 24時間にあまりにも多くの事柄が起こりすぎている。


(伯爵の決闘、死、葬式、ムーア人の襲撃、ドン・サンシュの決闘、ふたりの結婚)





2. 歴史的事実に基づく主題が真実らしくない

   (この「真実らしくない」という言葉はかなりの含蓄があるらしい。)





3. 作品が『エル・シドの青年時代』の剽窃である。





なんだか、現代の饐えた臭いのする文芸評論家でも言いそうな、陰湿ないちゃもんである。


ジョルジュ・ド・スキュデリは三流劇作家であったそうだ。


コルネイユの舞台に女性が殺到するのを見て、気分を害したとしか思えない。


もしかすると、僭越だが、『もてない男』であったのかもしれない。下世話な想像だが。





スキュデリの批判についてはアリストテレスの『詩学』の要約が必要なので


次回、『詩学』の要約を試みたい。





とくに、悲劇における「真実らくない」という批判。


現代でいえば「リアリティーがない」と素人でもいってしまうような


およそ、印象批評でしかない無力な紋切型の言葉だが、


古典主義においては明確な定義があるそうなので、それも合わせて次回紹介したい。


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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:35| Comment(0) | 戯曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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