『アデライード』 アルチュール・ド・ゴビノー
世界短編文学全集6所収 室井庸一訳 集英社
★あらすじ
オーカステル家の居間で男爵が、あるひとつの事件を物語る。その話は以下。
22歳のフレデリック・ド・ロトバネールという無名の美青年は、
社交界の女王、エリザベート・ド・エルマンスビュル夫人(35歳)の寵愛を受け、
公認の愛人となり、出世する。
夫人の旦那が死ぬと、ロトバネールは旧教徒から新教徒に
改宗までさせられて、夫人から結婚を迫られる。
しかし、ロトバネールは、愛人生活の5年の間に、
エルマンスビュル夫人の娘アデライードに誘惑され
母娘両方と関係を持つという不道徳を犯していたのだった。
アデライードは、社交界に入り浸る母に見捨てられたと思い
母の愛人であるロトバネールを誘惑したのだ。
夫人は娘と夫の関係に気がつき憔悴する。
義父と母娘の三人は同じ邸宅内で泥沼の修羅場を繰り広げるが、
ついにアデライードが、ある伯爵に嫁ぐことで結末をみるかにみえた。
しかし、アデライードがすぐに離婚して実家の邸宅に戻る。
母と娘は、お互いを憎しみ合いながらも
すでに中年となって美貌を損ねたロトバネールへの
侮蔑のみで結びつき、ふたりして彼を痛めつけることを喜びとして暮す。
ロトバネールはしきりに勲章をほしがる俗物と化すことで生き延びる。
★ゴビノーについて
福田和也のコラボ列伝のような著書『奇妙な廃墟』で最初にとりあげられた作家。
別に、反ユダヤ主義のコラボ作家ではないのだが、ワーグナーと付き合ったり、
『人種不平等論』という紛らわしいタイトルの論文を書たりして
ナチズムに影響をあたえたといわれたそうだ。
差別主義者のはしりとしてドイツ占領下のフランスで引合いに出され、
誤解され、いまもなおフランスで抹殺された作家である。
ゴビノーの代表作に『プレイヤード』という長編小説があるそうなのだが、
澁澤龍彦が途中まで翻訳して挫折したらしい。完訳はおそらくまだないはず。
この短編は、たまたま古本屋で買った世界短編文学全集に載っていたので読んでみた。
★感想
まあ、心理描写はスタンダールっぽい。世紀末的な社交界の頽廃がよく描かれている。
設定からしてワイルドの『ウインダミア夫人の扇』を思い出した。
アクセサリーとして若いツバメを囲う母親と、
母に見捨てられた上、若すぎて警戒されていないことのが悔しくて、
すべての青春を母の愛人を誘惑することに使う娘の
心理的な葛藤を描いている。『悲しみよこんにちは』にも少し似ている。
不道徳な三角関係にどんな結末がつくか読んでいたら、
結末近くで、語り手である男爵が、面白い事をいう。
『皆様に小説をおきかせするとなれば、ここでどちらかを、力尽きてか、錯乱してか、苦悩のためかで、静かに死なせるところです。その方がひきたちましょう。しかし全然そんなことはありませんでした。現実の世界では、そんな結末はないのです。』
というわけで、ロトバネールが、妻からも娘からも嫌われ、
「生ける幽霊」というか腹の出たオヤジになって終わるのである。
小説だから許される、世知にたけた教訓的な結末である。
戯曲でこの結末だったら、ちょっとうんざりする。感情の浄化が一切ない。
だが、こういう「生ける幽霊」は、
時代が違えば対独コラボのファシストになるだろう
というぐらいの迫力はある。
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