信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月13日

壁 サルトル 新潮文庫「水いらず」所収


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★「壁」あらすじ
スペイン市民戦争の最中、ファシスト政府軍の捕虜となった
パブロは死刑の判決を受ける。牢屋で、執行を待つ。
将校の尋問を受け、仲間のグリスの潜伏先を吐けば、赦免するといわれる。


将校をからかうつもりで、グリスが地下墓所に隠れていると
偽りの供述をするが、なんと偶然にもグリスはそこに隠れていた。
よってグリスは射殺される。パブロは死刑を免れ、運命の皮肉にひとり笑う。



★感想
サルトルの戯曲は面白いが、なぜか小説はつまらない。

描写にリアリティーがないかわりに、主人公の過剰な自意識は綿密に描かれている。
その自意識が、ジッドほどには特異でなく、度し難いヒロイズムを感じさせ鼻につく。


死刑執行を待つ極限状態の中で主人公のパブロが、
自意識で死を理解し、意味づけようとしたあげくに
自分の肉体をとうとう他人のように感じはじめる。



要するに、過剰な自意識が飽和して一種の無感覚になる。
この辺の無感覚ぶりが、カミュの『異邦人』のムルソーと同じだ。


パブロは、仲間を売って死刑を逃れることは拒否する。
それは、仲間をかばうためではなく、正義のためでもない。


『誰のいのちだって価値はない。』とパブロは考えている。
しかし、拷問されれば自分が自供してしまうほど弱いのは知っている。
このパブロという主人公は、なかなか、ひねくれものである。



グリスを渡せばこの身は助かる。だのに私は拒絶しているのだ。
私はそれをむしろこっけいだと思った。これは意地なんだ。私は思った。




以上のようにパブロは述べる。

死に対して無感覚になった人間の「意地」というのは、
これは、カミュの言葉でいえば「自己への誠実」と同じだと思う。



「実存主義」というのは、間違いを覚悟で簡単にいえば、
死の迫る極限状態で「意地」を張ることを、
人間存在の根底に据えたイデオロギーであると思う。


まあ、こんな風に生きられる人間は実際あんまりいない。
「異邦人」的な「実存主義」なんて私には悪い冗談のようにしか思えない。
「死」や「神」の問題をこんなあっさりと「自己への誠実」や「意地」だけで
観念的に乗り越えられるとは、実際のところ到底思えない。


ドイツ占領下でも、実存主義というのがはたして有効性があったのか、よくわからない。
「意地」でレジスタンスなんていいながらも、ただやりすごしてたんじゃないのという疑念もある。
パリのカフェで語るには、実存主義も、おしゃれなのかもしれないけれど・・・。




ただ、小説の登場人物としてなら存在できることは否定しない。
「パブロ」も「ムルソー」も観念の産物としてはリアリティーがある。
その魅力は、なかなか否定しがたい。
彼らは、自意識の病の極端な兆候として、時代性を担った人物像である。



よって、無感覚・無感情のわりに片意地張った主人公なんかが登場する作品は
まずサルトル・カミュの実存主義文学のパクリと断定できる。
その弊害はけっこう深刻。それだけ実存主義文学には、類型化しやすい通俗性があるということだ。




ちなみに、小林秀雄は実存主義文学の方法化されやすい側面を「計算趣味」と名づけ、
サルトルの小説には否定的であった。(大岡昇平との対談「現代文学とは何か」)
もっとも、カミュやマルローにたいしてさえも批判的で、「異邦人」はアウトだそうだ。
プルースト以降のフランスの小説に対しては全否定に近い。なんだかすごいなあ。



ガン患者が、告知されると、まず死の恐怖から絶望し、
やがて死と取引して、死を飼い慣らすことを学び、
死につつある自分になんとか折り合いをつけて
余命をすごすということを、どこかで読んだ気がする。


サルトルの「壁」は、そういう心理的な煩悶の過程が
ずいぶん省略されて描かれていのるで、描写のリアリズムに欠ける。


しかし、後年の戯曲では、『汚れた手』のエドレルのように、
死を飼いならせるような二枚腰のケレン味のある人間を創造しはじめた。
そこには、サルトルの思想的な転向や文学的な成熟が感じとれる。

水いらず (新潮文庫)


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ラベル:サルトル
posted by 信州読書会 宮澤 at 12:48| Comment(0) | フランス文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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