信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月11日

硫黄島からの手紙


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最近『昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫 』という本を読んだ。
この映画を観ている途中に思ったのは、太平洋戦争にあれだけこだわった
笠原和夫がまだ生きていて、この映画を観たらどういう感想をもったかなということだった。



栗林中将は渡辺謙ではなくて高倉健にしたほうがいいとか思うのではないか。


『父親たちの星条旗』を観たときに『硫黄島からの手紙』の予告編を観て
ちょっとまずい映画なんじゃないかなと思ったが、
実際に映画を観てみると、その予感は半ば当たって、半ばはずれた。


アメリカ人が作った日本映画ということでは実によくできていると思う。
それぞれの登場人物が個性をもっていて、
彼らの個人的な背景を浅いながらも描きこんだことでドラマを作っている。


集団ではなく、それぞれの兵士にスポットを当てて描いた点では
『父親たちの星条旗』の方法を踏襲している。
要するに、戦闘シーンだけでなく人間関係の綾を丹念に描写して、
ストーリーに厚みを出そうとしていた。
二宮和也の演ずる西郷パン屋や加瀬亮の清水元憲兵は、彼らの因縁と
悲哀に満ちた運命がよく描かれていたし、またよく演じていたとも思う。
唯一、彼らには貧困の面影がないのが欠点だろう。致命的な欠点だと思う。



西郷が埼玉の大宮ではなく、例えば秋田出身ともなれば、
故郷の貧困、ひいては日本の貧しさが主題となり、あんなにも厭戦的にはならず
絶望的な状況を打開するためで兵隊として闘わざるをえない
宿命的な悲劇を背負った人物として描かれたのではないかと思う。
満州や中国戦線を描けば、そういう主題は避けられないはずなのだが。



戦争に対してシニカルに構えてみせる西郷は、
造り酒屋の放蕩息子みたいな風情で、現代的だった。
父と子の関係などではなく、ましてや閣下と二等兵でもなく
ハイカラな放蕩息子がアメリカ帰りの栗林中将のスマートさに惹かれるという
図式でしか私には感じられなかった。
西郷のような兵士はストーリー展開の狂言回しとしては成り立っても
一兵隊としては、最後まで腑に落ちない存在であった。アメリカ人にはわかりやすいだろうが・・・。
そういう意味ではアメリカ映画だ。



渡辺謙演ずる栗林中将も、一本調子の熱血漢に描かれており
最後の最後まで追いつめられた司令官の孤独というものが希薄だった気がする。
洞窟の壁と向かい合って狂気すれすれで堪え忍ぶ姿をもっと描いて欲しかった。


天皇陛下の問題も大東亜戦争の理念も回避されているし、
祖国防衛戦争一色で押し切って描かれていて
日本人や日本人の精神を、決して総体としては捉えきった映画ではない。
「天皇陛下万歳」と叫ぶときの栗林中将の目が異様なまでに狂信的だったことと
手榴弾による集団自決の場面とが辛うじて日本人の総体に触れた気がしたくらいである。


国学者である折口信夫の養子の折口春洋がやはり硫黄島で戦死している。



その魂を鎮魂するために折口こと釈超空は
『倭をぐな』という歌集で『竟に還らず』と題した連作の歌を詠んでいる。
その連作はそれで、興味深いのだが、昭和五年に詠まれた歌がある。




みなぎらふ光り まばゆき
       昼の海。
      疑いがたし。
      人は死にたり




この歌を私はずっと硫黄島で死んだ折口春洋への悲歌だとおもっていたのだが、
映画を観て帰ってきて調べたら、勘違いしていたことが判明した。



しかし、この歌に込められた死者への複雑な思いや祈りが
『硫黄島からの手紙』には全く欠けていた。
アメリカ人が撮った映画なので仕方ないが、無念でならない。




栗林中将が手紙にしたためた辞世の歌
『国の為重きつとめを果たし得で 矢弾に尽き果て散るぞ悲しき』
これは祖国への慟哭の痛切な響きを持っている。



この歌に応えたのは、映画の冒頭にちらと映る
硫黄島に建立された岸信介による慰霊碑だけである。


畢竟、この映画全体は、鎮魂歌足りえない。少なくとも私にはそう思えた。




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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:50| Comment(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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