信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月11日

暗殺のオペラ 


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暗殺のオペラ [VHS]

暗殺のオペラ《70伊》
久々に観直してみた。ベルトルッチの作品では『暗殺のオペラ』が一番だと思う。

ベルトルッチ作品で好きなのは『暗殺のオペラ』と『暗殺の森』
『ラストタンゴ・イン・パリ』なのだが、後者のふたつは、
最初に観た時はけっこう感動したけれど、観直したときに、かなり興ざめした。


『暗殺の森』は耽美主義全開で観ていて、恥ずかしかったし、
『ラストタンゴ・イン・パリ』は主演のマーロン・ブランドに頼りすぎている。
マーロン・ブランドの過剰な小芝居に嫌気がさす。
マーロン・ブランドや勝新太郎なんかの名優といわれる役者の
あまりにも役者的な小芝居が、うまいんだろうけど、なぜか年々観るに耐えなくなる。



原作はボルヘスの『裏切り者と英雄のテーマ』である。『伝奇集』所収。
これは、ボルヘスのメタフィクションで、原作は8ページほどの掌編である。



アイルランドの謀反人キルパトリックの孫であるライアンが、
祖父の英雄としての栄光を伝記にまとめる作業を始める。


当時、キルパトリックは配下のノーランに革命の裏切り者を調査させたのだが
その結果、キルパトリック自身が革命の裏切り者であることを発覚してしまう。


キルパトリックは自ら裏切り者の死刑宣告書に署名して、
自作自演の英雄の暗殺劇を演じて、自らを英雄にする計画を立てる。
暗殺劇のシナリオはノーランが創作するが、時間がないのでやっつけ作業となる。


『マクベス』と『ジュリアス・シーザー』の場面を模倣し、
劇場内で暗殺されるという英雄にふさわしい死を演出する。


ライアンはノーランによる、シェイクスピアの模倣を、「劇的な味わいを欠いたもの」を感じるが、
これこそが、キルパトリックが裏切り者であったことをほのめかすノーランの筋書きだと気づき
ライアン自身が、ノーランの目論見に荷担していることを、逆説的に自覚して終わる。
こういう、かなり手の込んだまことにめんどうくさい筋の作品である。



映画版は、反ファシズム闘士アトスの暗殺の真相を、その息子が調べるという筋立てである。
原作にはでてこない、アトスのかつての愛人役をアリダ・ヴァリが演じる。
アリダ・ヴァリはずいぶん老けているのだが、目ぢからがハンパじゃない。


口もとが耳に向かって切れ上がっていて怖いが、日に焼けた顔がかなり妖艶である。
アリダ・ヴァリが、かつての愛人の面影を、その息子に見出して、もだえるという設定である。
父の愛人を創作したところにベルトルッチの野心的なオリジナリティーを感じる。


アトスのかつての同志である三人の爺さんも味わい深く描かれている。
ハム屋の亭主がバード・ヤングみたいで、個人的にかなり好きだ。


その後ベルトルッチが多用して、自己模倣に陥ってゆき観客がうんざりする
トンネルや自転車や布(さらし、映画館の幕、ライオンを捕獲する黒い布)のテーマが
まだこのころは、初々しく使われていていて、新鮮な印象をうける。


ムッソリーニがタラという小さな街にくるという噂が広がる。


その際に、暗殺しようと計画を立てるが、アトスが密告して計画はご破算になり、
そのためアトスが自分自身を暗殺するという話になり、同志に向かって
「俺を殺せ、裏切り者は死んでも裏切る 殺すなら英雄を殺せ!!」と主張する。
かくして、『リゴレット』上演中にアトスは暗殺されるのだが、


低予算映画なので残念ながら『リゴレット』の上演自体は映画の場面には出てこない。
それでも、自然光をふんだんにとりいれた美しいシーンの数々は、眼福の至りである。





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posted by 信州読書会 宮澤 at 11:17| Comment(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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