信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月10日

山椒魚・遥拝隊長 他七篇 井伏鱒二 岩波文庫

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★『遥拝隊長』あらすじ
戦時中マレーで部下とともに河に落ち
脳障害をわずらい、故郷に復員後も敗戦を迎えても
なお戦争中と錯覚し、村人を部下と見做し
訓示を与えたり号令をかけたりする元中尉の狂人小説


岡崎元中尉の奇矯な軍事行動が平和裡の村を舞台としてユーモラスに描かれているが、
それが、将校という存在のグロテスクさを際立たせている。


だが、それだけではこの小説の深みはわからない。


私が注目したのは、シベリア抑留されていて
敗戦後、しばらくたってから復員した与十の存在である。


与十の小説内の役割は、岡崎元中尉が罹患した本当の理由を解き明かすべく
小説の展開上に必要な人物として登場した印象を与えるが、
よくよく読んでみると、彼の振る舞いも奇矯である。


彼は、シベリア抑留で赤化教育を受けて洗脳されている
もうひとりの重要な戦争被害者なのである。


最後の場面で復員した与十が、兄の棟次郎に連れられて墓参し
岡崎元中尉に出くわし、遥拝させられるが、
墓参を拒む与十の理由がさりげない一文をもって描かれているが
それは、シベリアでの赤化教育の片鱗をうかがわせる。


「与十の説によると、封建時代の残滓であると同時に宗教的に画一された姿を持つ墓を参るのは彼の主義に反するというのである。」

村人の新宅さんは与十をこう説き伏せる



「与十さんは、彼地の郷に入り、郷に従ったから自分の故郷に帰って従えんわけがなかろう。人間の生涯には素通りせんければならんもんが、なんぼでもあるよ。でも、よく帰ってきた。みんな心配して待っておったよ。さあ、お詣に行こう。」



軍国主義によって洗脳された岡崎元中尉とシベリアで赤化教育された与十を
厄介物扱いし忌避するのではなく「よく帰ってきた」の一言で
とりあえず温かく迎え入れ、抱きしめることによって、この村人たちの戦後は始まった。


それは、息子を慰め、家を守る元中尉の母親によって最も強く象徴されている。
この母のつつましい描写に、私は不覚にも涙するのである。


井伏文学はつつましい庶民の文学であると小沼丹が述べているが
戦後の文学の拠り所を、戦後民主主義といったイデオロギーでなく
庶民の温かな人情の持つ普遍的な価値に求めて展開させた点で
やはり井伏鱒二は剣呑な作家であるといえる。

山椒魚・遙拝隊長 他7編 (岩波文庫 緑 77-1)



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ラベル:井伏鱒二
posted by 信州読書会 宮澤 at 13:35| Comment(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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