信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月10日

吉野大夫 後藤明生 中公文庫


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吉野大夫 (中公文庫)


中仙道というのは中山道とか仲山道とかいろいろな表記のされ方を
されていていったいどれが正しいのか今をもっても不明であるが、
学生時代に旧中仙道沿いに住んでいたことのある私としては、


「中仙道」という表記が一番感覚的にしっくりくる。
かつてある女子アナが「旧中山道」を「1日中 山道」と
なかなかシュールな読み間違いをしたという有名な逸話があるが、
「旧中仙道」と原稿に書かれていたらそんな読み間違いはしないにきまっているし、
その女子アナがいったい誰だったか気になるが、今をもってやはり不明なのである。


『吉野大夫』は江戸時代に中仙道の追分宿にいた遊女、吉野大夫の正体をめぐって
果てしなく脱線し、迷路のように錯綜する随筆的な小説である。
吉野大夫は勤王派であり、隠れキリシタンで、処刑されたそうな。



多くの後藤明生の著作同様、この文庫本も絶版で、
3年前くらいにたまたま中仙道沿いのブックオフで落掌したものだった。
なぜか、第三章まで読んでとまっていた。なぜかと思い出してみると、
第四章で吉野大夫が谷崎潤一郎の『吉野葛』ではないかという仮説が浮上し
それならば、読んでみるかと思い『吉野葛・盲目物語 』を購入して読み始めて、
どこがおもしろいのかわからず、途中で投げ出したままになっていた。


その後、いつの日か谷崎の『吉野葛』だけは読了したのだったが、
何のために読了したか忘れ、しかたなしに併録された『盲目物語』を
読み始めてしまい、そちらもやはり途中で飽きて投げ出し
同時に『吉野大夫』が読みかけであったことも忘れた。


最近、軽井沢の追分あたりまで仕事で出かけて、学生時代以来だなあと感慨に耽った。


そんなこんなで『吉野大夫』が読みかけであったことをやっと思い出し、ようやく読了した。
吉野大夫の過去帳を納めている泉洞寺のそばを車で通ったはずである。



追分には、学生時代に夏の合宿で訪れ、夜通し教授たちと呑んだのである。
あくる日、まだ酔っ払った状態である先輩と話す機会があった。
その先輩は隠れキリシタンの末裔だそうで、
代々実家では、人知れずキリスト教を信仰していたことを告白してくれて
2時間ぐらいふたりきりで内村鑑三やキリスト教の話をしたことがあった。


だが、宿酔の勢いで昼間からそんなディープな話をしてしまったその先輩とは
その後なんとなく学校であっても気まずくて、ただでさえ、しらふでは人見知りしてしまう私は、
その先輩と挨拶するだけで、それきり話す事もなかった。
吉野大夫が隠れキリシタンだと知って、しきりにその先輩のことを思い出した。



この小説には、横川先生=横田瑞穂教授、
大野教授=たぶんフォークナーの翻訳者で有名な大橋健三郎教授、
小山教授=故小島信夫氏、平林教授=後藤明生に追分の別荘を譲った故平岡篤頼教授
新川教授=新庄嘉章教授と追分に別荘を持つ先生方が仮名で出てくる。


しかしながら、後藤明生が冷やし中華を喰ったという小諸の島崎藤村御用達の食堂
『揚羽屋』は実名で、「一ぜんめし揚羽屋」として50年前からタレを仕込んだ
ソースカツ丼が有名であるそうで、現存する。私はまだ行ったことがないので
機会があったら来年の夏にでも冷やし中華を喰いに行ってみようと思う。



というわけで、脱線を繰り返したが、吉野大夫を巡って、谷崎の『吉野葛』と
それに触発されて書かれた花田清輝の『吉野葛注』、西鶴の『好色一代男 』や
吉行淳之介の『好色一代男 』の現代語訳、森銃三の『西鶴一家言 (1975年) 』などへの言及で
どんどんと途方もないラビリンスに飲み込まれてゆくので
『吉野大夫』は読み応えがあることは確かだ。



後藤明生っぽく脱線させながら感想を書いてみたが、
吉田健一のへたくそな文体模写みたいになってしまい長くなったのでここでやめる。


吉野大夫 (中公文庫)

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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:18| Comment(0) | 日本文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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