信州読書会 書評と備忘録

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2013年06月10日

死の家の記録 ドストエフスキー 新潮文庫 その二


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『死の家の記録』名場面ランキング


1位 獄舎でのクリスマスの芝居に囚人が熱狂する場面。


獄舎で『ケドリール』という喜劇が囚人によって上演される。
『ケドリール』というのはモリエールの『ドン・ジュアン』に似た民衆芝居。
臆病者で、大喰らいの下男ケドリールが活躍する喜劇。
ケドリールのキャラクターはモリエールのスガナレルとほぼ同じである。
自尊心がギリギリまで落ちた囚人には大うけする。


なお、この芝居をきっかけとして主人公は、自分が貴族であり
こうした芝居の出来栄えを批評できる一段上の立場にいることを
民衆から期待されていると自覚する。
主人公の自尊心が回復される珍しいシーンである。



2位 囚人のガージン、定期的に泥酔してみんなから殴られる場面。


醜悪で狡猾な囚人ガージンは、非常に分別がある。
酒を売って獄舎で金を稼いでいる。
そんな彼でも、たまに泥酔して暴れ、
気を失うまでみんなから殴られ、簀巻きにされなければ、眠れない日がある。
いくら殴られても翌日はケロっとしている。



「個性のもだえるような発現、自分自身に対する本能的な憂愁、
自分の卑しめられた個性を示したい願望が不意に発作・痙攣まで高まる」



とドストエフスキーは定義している。
囚人からは自由意志が徹底して奪われている。こうやって発散するしかないのである。
普段は大人しいのに、たまに泥酔して暴れる人、実社会でもよくお目にかかる。
そういう人は、自由意志を自ら放棄した人なのだろう。
個人的に、殴られるまで泥酔するというデスパレートな行為自体に、なぜか羨望をおぼえる。


3位 主人公が初日の労働で激しい憂愁に襲われる場面


主人公は貴族なので、獄舎でいじめ、嫌がらせにあう。
一日目の労働で、わざと何もさせてもらえない。おみそにされる。
何かしようとすると嘲笑され、罵声を浴びる。囚人生活の初日の洗礼である。


主人公は、貴族と民衆は、永遠に分かり合えないと結論する。
民衆は、貴族を罵るが、腹の奥底では一目置いている。
だから、機嫌取りに、自らの教養を貶めて、民衆に迎合すると
その分だけ、臆病者と余計に軽蔑されると確信する。


『こんな日がこれから先、何千日もつづくのだ』と主人公は涙する。
唯一の親友である野良犬に接吻しながら、自分の苦しみに甘い喜びさえおぼえる。


これは、新潮文庫のP143〜145にあるエピソード。
いじめ問題に悩む中学生みんなに配って読ました方がいい。
具体的ないじめへの対処解決策が書かれている。換言してまとめれば以下のようになる。



1.いじめにあっても、いじめっこにおもねらない。毅然とした貴族的な態度をみせる。


2.いじめられたら校長室に出入りする。看守長たる校長に相談、または密告。


3.友達がいなければ、動物を溺愛する。飼えなければ、野良犬でも可。
せめて犬なり猫なりと共に受難の苦い喜びを味わって自分を慰める。



最も重要なのは1だが、心を癒すのは3だろう。


ドストエフスキーは、人間の虚栄心に深い洞察をめぐらせた。
犯罪は、往々にして虚栄心を極度に煽られて行われるそうである。いじめもそうだ。
そして、獄舎では、虚栄心の高いものは、みんなから軽蔑されるという常識がある。


この常識が、獄舎だけでなく、世間一般の常識とわかるには、
中学生の獣なみの低い判断力に邪魔されて、惑わされるために、非常に困難である。
人生の長い歳月に照らして、これは真実である。
いかなる虚栄心も軽蔑なしにはすまされない。虚栄心がなくならないことは事実であっても。


いわんや、学校におけるいじめをや!である。


虚栄心の高いものには貴族的な軽蔑を決めこむしかない。
沈黙の非難が一番こたえるのが彼らであろう。


さらに熾烈ないじめに合うだろうが、そんなときは野良犬と一緒に泣くしかない。
(その野良犬までいじめっこによって命を奪われたら、諦めず、ほかの野良犬を探して一緒に泣くこと。
『死の家の記録』では、心を許した野良犬が、囚人に殺められ、長靴の裏皮にされた。でもほかの犬を捜した。)




やがて一目置かれるか、同情して助け舟を出す人が現われるだろう。
『死の家の記録』の主人公は、我慢した結果、一目置かれ、周りの人に助けられた。



柄にもなく啓蒙的なことを書いてしまった。恥ずかしい。
私は中学生のいじめ問題などに関心がない。説教臭くて、すみません!
まあ、精神衛生上、極めて真っ当なことが『死の家の記録』には描かれている。


しかし、獄舎で最も尊敬されることがひとつだけあり。


これを行えば、囚人から一目置かれるという行為がある。


聖書を読み、毎晩祈りつづけること。である。


しかしながら、祈りつづけて、どの囚人からも尊敬された老人が、
最も深い絶望と虚無感に憑かれていたという悲しい現実が描かれている。
自殺は、こういう人たちの最終的な選択肢として残されるのものじゃなかろうか。
とはいっても、『死の家の記録』に自殺する囚人はひとりも出てこない。脱走はいるけど。


死の家の記録 (新潮文庫)


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posted by 信州読書会 宮澤 at 13:10| Comment(0) | ロシア文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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